
発売日:2018年2月2日
ジャンル:オルタナティヴ・ロック、エレクトロ・ロック、インディー・ロック、ポップ・ロック、アート・ロック
概要
AWOLNATIONの3作目となるスタジオ・アルバム『Here Come the Runts』は、Aaron Brunoが率いるプロジェクトが、初期のエレクトロ・ロック的な爆発力から一歩離れ、より生身のバンド・サウンドとアウトサイダー的なロック精神へ向かった作品である。2011年のデビュー作『Megalithic Symphony』は、巨大ヒット「Sail」によってAWOLNATIONの名を一気に広めた。重いシンセ・ベース、加工されたヴォーカル、ロックとエレクトロの融合、そして不安と怒りが混ざったフックは、2010年代前半のオルタナティヴ・ロックにおいて非常に強い個性を持っていた。
続く2015年の『Run』では、より硬質でダークなサウンドへ進み、電子音、インダストリアル的な質感、内面的な不安をさらに強めた。『Here Come the Runts』は、その流れを引き継ぎながらも、明らかに異なる方向へ舵を切っている。本作では、シンセやプログラミングの要素は残るものの、ギター、ドラム、コーラス、手作り感のあるロック・バンド的な音がより前面に出る。Aaron Brunoはここで、AWOLNATIONを単なる「Sail」の延長線上にあるエレクトロ・ロック・プロジェクトとしてではなく、より広い意味でのロック・バンドとして再定義しようとしている。
タイトルの『Here Come the Runts』は、「ちびたちがやって来る」「落ちこぼれたちがやって来る」という意味に読める。“runt”は動物の一腹の中で最も小さく弱い個体を指す言葉であり、そこから転じて、弱者、はみ出し者、社会的に軽く見られる存在を意味する。このタイトルは、本作の中心的なテーマを示している。AWOLNATIONはここで、完璧な勝者やヒーローではなく、傷つき、奇妙で、社会の中心から少し外れた者たちを主役にしている。
このアウトサイダー性は、AWOLNATIONの音楽に以前から存在していた。「Sail」も、自己破壊的な衝動や社会不適応感を大きなフックに変えた曲だった。しかし『Here Come the Runts』では、その孤独や不安がより共同体的なものとして描かれる。ひとりの異常者の叫びではなく、たくさんの“runts”たちが集まってくる。弱く、小さく、見落とされがちな存在たちが、音楽の中で行進を始める。その感覚が、アルバム全体に通っている。
音楽的には、本作には1970年代ロック、ガレージ・ロック、フォーク・ロック、グラム・ロック、クラシックなポップ・ソングの感触が多く含まれている。もちろんAWOLNATIONらしい急激な展開、声の加工、電子的な質感も残るが、『Megalithic Symphony』や『Run』と比べると、音の表面はやや温かく、土っぽく、バンド演奏の呼吸が感じられる。これは、デジタル時代のロック・プロジェクトが、あえて有機的なロックの手触りへ回帰した作品ともいえる。
Aaron Brunoのヴォーカルは、本作でも非常に表情豊かである。彼は滑らかに歌うだけのシンガーではなく、叫び、裏返り、ささやき、コミカルに跳ね、時に子どものように無防備になる。AWOLNATIONの魅力は、ジャンルの混合だけでなく、この声の極端な表情にある。『Here Come the Runts』では、その声が過剰な電子処理に埋もれる場面が減り、よりロック・シンガーとして前に出ている。
歌詞面では、自己肯定、孤独、社会からの疎外、愛、逃避、奇妙な共同体、若さと老い、自然、終末感が扱われる。タイトル曲「Here Come the Runts」は、まさにアウトサイダーの到来を告げる曲であり、「Passion」は衝動と生きる力を歌う。「Handyman」は壊れた関係や自分自身を直そうとする比喩を持ち、「Seven Sticks of Dynamite」は爆発寸前のエネルギーをカントリー/ロック的な感覚で描く。「My Molasses」や「Cannonball」では、奇妙な甘さや遊び心も見える。
本作は、AWOLNATIONの作品の中でも比較的明るく、開けた印象を持つ。しかし、その明るさは単純な楽観ではない。弱者たちが集まる祝祭、壊れた者たちのパレード、変わり者のためのロック・アルバムとしての明るさである。『Here Come the Runts』は、巨大なヒット曲の呪縛から抜け出し、AWOLNATIONが自分たちの世界をより広く、よりバンド的に展開した重要作である。
全曲レビュー
1. Here Come the Runts
オープニング曲でありタイトル曲でもある「Here Come the Runts」は、本作全体のテーマを最も直接的に示す楽曲である。“runts”という言葉が示す通り、ここで主役になるのは強者や勝者ではない。小さく、弱く、見落とされ、しかし群れとして現れる者たちである。
サウンドは、AWOLNATIONらしい奇妙な高揚感を持ちながら、過去作よりもバンド・サウンドの感触が強い。ギターとドラムが前に出て、行進のようなリズムが楽曲を押し進める。Aaron Brunoのヴォーカルは、群衆を呼び込む司会者のようであり、同時にその群れの一員でもある。
歌詞では、はみ出し者たちがやって来るというイメージが繰り返される。これは単なる反抗の宣言ではなく、弱さを持つ者たちの集合を祝う歌である。ロックはしばしばアウトサイダーの音楽として機能してきたが、AWOLNATIONはここでその伝統を2010年代的に再提示している。アルバム冒頭として非常に効果的な楽曲である。
2. Passion
「Passion」は、本作の代表曲の一つであり、アルバムの中でも特に強いフックとエネルギーを持つ楽曲である。タイトルは「情熱」を意味し、内側から湧き上がる衝動、生きる力、抑えきれない感情がテーマになっている。
サウンドは、ギター・ロックを軸にしながらも、AWOLNATIONらしいリズムの跳ねと声の処理がある。サビは非常に大きく、ライブでの合唱を想定したような作りである。過去作のエレクトロ・ロック的な爆発力を、よりバンドらしい形に変換した曲といえる。
歌詞では、自分の中にある情熱を見失わないこと、社会や日常に押し潰されてもなお燃え続ける衝動が描かれる。これは本作の“runts”たちにとって重要な感情である。彼らは社会的に弱いかもしれないが、内側には燃えるものを持っている。「Passion」は、その火をアンセムとして鳴らす曲である。
3. Sound Witness System
「Sound Witness System」は、タイトルからして奇妙な響きを持つ楽曲である。「音の証人システム」とでも訳せる言葉であり、音楽が何かを記録し、証言し、システムとして機能するようなイメージを持つ。AWOLNATIONらしいSF的で少し不条理な感覚が表れている。
サウンドは、リズムの反復とギター、電子的な要素が混ざり合っている。曲はストレートなロック・ソングというより、少し実験的で、アルバムの中に奇妙な角度を加える。Aaron Brunoの声も、場面によって表情を変え、語り手とも観察者ともつかない存在として響く。
歌詞では、音、証言、観察、社会の中で見聞きするものが断片的に扱われる。AWOLNATIONの音楽には、しばしば内面の混乱を外部システムのように描く感覚がある。この曲も、個人の感情と外部の音響環境が接続されたような楽曲である。
4. Miracle Man
「Miracle Man」は、奇跡を起こす男、あるいは奇跡を求められる人物をテーマにした楽曲である。タイトルは一見ヒーロー的だが、AWOLNATIONの文脈では、それはどこか皮肉やプレッシャーを含む言葉として響く。
サウンドは、ポップ・ロック的な親しみやすさを持ちながら、リズムやヴォーカルに少し歪んだユーモアがある。明るく聴ける曲だが、完全に楽観的ではない。曲全体に、奇跡を求めることへの疲れや、救済者になることの不可能性が漂う。
歌詞では、誰かに期待される人物、問題を解決してくれる存在への視線が描かれる。しかし、誰かが奇跡を起こしてくれるという考え自体が危うい。『Here Come the Runts』において重要なのは、完璧な救世主ではなく、不完全な者たちの集まりである。「Miracle Man」は、その価値観を裏側から示している。
5. Handyman
「Handyman」は、本作の中でも最もメロディアスで、感情的な魅力を持つ楽曲の一つである。タイトルの“handyman”は、家の修理などをする便利屋を意味するが、ここでは壊れた関係や心を直そうとする人物の比喩として機能している。
サウンドは、比較的柔らかいポップ・ロックで、メロディの美しさが前面に出る。過去のAWOLNATIONに見られた攻撃的な電子音よりも、ギターと歌を中心にしたシンプルな魅力がある。Aaron Brunoの声も、ここでは荒々しさよりも切なさを持って響く。
歌詞では、壊れたものを直したいという願いが描かれる。相手との関係、自分自身の傷、人生の破損。語り手は万能ではないが、何とか修理しようとする。その姿は、本作の“runts”たちの不完全さとも重なる。「Handyman」は、弱さを抱えながらも愛や関係を保とうとする、アルバム中の重要なバラードである。
6. Jealous Buffoon
「Jealous Buffoon」は、タイトルからして自己批評的で、ユーモラスな楽曲である。“buffoon”は道化、愚か者を意味し、「嫉妬深い道化」という表現には、嫉妬に振り回される自分自身を笑い飛ばすような感覚がある。
サウンドは、軽快で、少しコミカルなニュアンスを持つ。AWOLNATIONはシリアスな不安を歌う一方で、こうした不格好さや滑稽さも大切にする。曲のリズムやヴォーカルの表情には、道化的な過剰さがある。
歌詞では、嫉妬や不安によって愚かに振る舞ってしまう人物が描かれる。これは自己嫌悪の歌でありながら、深刻に沈み込みすぎない。自分の愚かさを認め、笑いに変えることも、アウトサイダーにとっての生存戦略である。「Jealous Buffoon」は、本作の人間臭さを支える曲である。
7. Seven Sticks of Dynamite
「Seven Sticks of Dynamite」は、本作の中でも特に印象的な楽曲であり、カントリー、フォーク、ロック、グラム的な祝祭感が奇妙に混ざった曲である。タイトルは「7本のダイナマイト」を意味し、爆発寸前のエネルギー、危険、破壊的な解放を示している。
サウンドは、手拍子やアコースティックな質感、ギターの荒さを持ち、過去のAWOLNATIONとは少し異なる土っぽい魅力がある。曲はロックでありながら、どこか酒場の合唱やアウトローの行進のようにも響く。サビでは大きな爆発力があり、タイトルのイメージと強く結びついている。
歌詞では、内側に溜まった力が爆発する直前の感覚が描かれる。ダイナマイトは危険だが、閉塞した状況を破壊する道具でもある。『Here Come the Runts』の中で、この曲は“runts”たちの反乱のように機能する。弱者たちはただ耐えるだけではなく、時に爆発するのである。
8. A Little Luck… and a Couple of Dogs
「A Little Luck… and a Couple of Dogs」は、タイトルからして日常的で、少しユーモラスな楽曲である。「少しの幸運と、何匹かの犬」という言葉には、人生を大きな成功や壮大な理想ではなく、小さな幸運と身近な存在で乗り切る感覚がある。
サウンドは短めで、アルバムの中ではインタールード的な役割も持つ。派手なアンセムではなく、作品全体にゆるさと温かさを加える。AWOLNATIONの音楽は不安や爆発力が強いが、この曲には少し肩の力を抜いた空気がある。
歌詞では、大げさな救済ではなく、小さな運や動物的な親密さが重要なものとして示される。犬という存在は、社会的な成功とは無関係な忠実さや生活感を象徴する。アルバムのアウトサイダー性を考えると、この曲は“runts”たちのささやかな幸福を表している。
9. Table for One
「Table for One」は、「一人用の席」を意味するタイトルを持つ楽曲であり、孤独、自己との対話、一人でいることの現実をテーマにしている。『Here Come the Runts』は共同体のアルバムである一方、個人の孤独も強く描かれる。この曲はその側面を担っている。
サウンドは、比較的抑えられたトーンで、メロディには哀愁がある。Aaron Brunoのヴォーカルは、ここでは派手な叫びよりも内省的で、一人で座っている人物の心情を伝える。
歌詞では、誰かと共にいることを求めながらも、一人で向き合わざるを得ない状況が描かれる。アウトサイダーたちが集まる前には、それぞれが一人で孤独を抱えている。「Table for One」は、その孤独を静かに見つめる曲であり、アルバムに感情的な深みを与えている。
10. My Molasses
「My Molasses」は、タイトルが非常にユニークな楽曲である。糖蜜を意味する“molasses”は、甘く、粘り気があり、重いものを連想させる。恋愛や欲望、依存の比喩として読むことができる。甘いが、簡単には離れられないもの。そうした感覚が曲の中心にある。
サウンドは、少し奇妙で、遊び心があり、AWOLNATIONらしい変則的なポップ感覚を持つ。メロディはキャッチーだが、音の質感にはねじれがある。Aaron Brunoの声も、甘さと不安定さを行き来する。
歌詞では、相手や感情にまとわりつくような甘さが描かれる。糖蜜の比喩は、単なるロマンティックな甘さではなく、粘着性や依存を含んでいる。AWOLNATIONは、愛をきれいなものとしてだけでなく、少し奇妙で、身体的で、扱いにくいものとして表現する。この曲はその個性がよく出ている。
11. Cannonball
「Cannonball」は、砲弾、または水に飛び込む時の姿勢を意味する言葉である。爆発的な突進、勢い、身体を投げ出す感覚が含まれる。アルバム後半に配置されることで、再びエネルギーを高める楽曲になっている。
サウンドは、ロック的な勢いがあり、リズムも前へ進む。曲には遊び心と力強さがあり、AWOLNATIONのライブ映えする側面が出ている。電子的な要素よりも、バンドとしての推進力が目立つ。
歌詞では、ためらわずに飛び込むこと、勢いのまま進むことが描かれる。これは無謀さでもあり、解放でもある。『Here Come the Runts』の“runts”たちは、慎重に整えられた成功者ではない。時に砲弾のように飛び出し、転がり、ぶつかる。その勢いがこの曲にある。
12. Tall, Tall Tale
「Tall, Tall Tale」は、誇張された話、信じがたい物語を意味するタイトルを持つ楽曲である。物語、嘘、伝説、自己演出がテーマとして浮かび上がる。AWOLNATIONの音楽には、現実と誇張の境界を曖昧にするコミック的な感覚があるが、この曲はそれをよく示している。
サウンドは、少しレトロなロック感覚を持ち、語り物のような雰囲気がある。曲は大きく爆発するというより、物語を進めるように展開する。Aaron Brunoのヴォーカルにも、語り手としての表情がある。
歌詞では、現実よりも大きく語られる話や、自分自身を物語化する感覚が描かれる。アウトサイダーたちは、社会から与えられた役割ではなく、自分たちの神話を作る必要がある。「Tall, Tall Tale」は、その神話化の楽しさと危うさを含んだ曲である。
13. The Buffoon
「The Buffoon」は、先の「Jealous Buffoon」ともつながるタイトルを持つ楽曲である。道化という存在は、笑われる者であると同時に、社会の真実を逆説的に語る者でもある。AWOLNATIONの世界において、道化は弱者であり、観察者であり、反抗者でもある。
サウンドは、アルバム終盤にふさわしく、やや内省的で、不思議な余韻を持つ。派手なロック曲ではないが、テーマとしては重要である。Aaron Brunoはここで、自分自身の不格好さや滑稽さを受け入れるように歌う。
歌詞では、愚かに見える存在、笑われる存在の中にある人間性が描かれる。『Here Come the Runts』における“runt”と“buffoon”は近い存在である。どちらも社会の中心にはいない。しかし、その外側にいるからこそ見えるものがある。「The Buffoon」は、アルバムの自己認識を深める曲である。
14. Stop That Train
「Stop That Train」は、止まらない列車を止めたいというイメージを持つ楽曲である。列車は時間、社会の流れ、人生の勢い、破滅へ向かうシステムを象徴する。止めたいが止められないものへの不安が曲の中心にある。
サウンドは、ロック的な推進力を持ちながら、どこか焦りがある。列車のように前へ進むリズムが、タイトルのイメージと結びつく。Aaron Brunoのヴォーカルは、制御不能な流れに対する叫びとして響く。
歌詞では、進み続ける状況を止めたいという願いが描かれる。人生、社会、関係、精神状態。どれも一度速度がつくと簡単には止まらない。AWOLNATIONはここで、コントロールを失う感覚をロックの推進力へ変えている。「Stop That Train」は、アルバム終盤に緊張感を与える楽曲である。
15. Here Come the Runts Reprise
「Here Come the Runts Reprise」は、タイトル曲のテーマを再び呼び戻す短い楽曲である。アルバム冒頭で提示された“runts”たちの到来が、終盤で再確認される。これにより、本作は円環的な構造を持つ。
リプライズとしての役割は、単なる繰り返しではない。アルバムを通じて、情熱、孤独、嫉妬、爆発、道化、逃避が描かれた後に、もう一度“runts”という言葉が戻ってくることで、これまでの曲に登場した人物たちがすべて同じ群れの一部であったことが分かる。
このリプライズは、アルバム全体をアウトサイダーたちの行進としてまとめる役割を果たしている。
16. Like People, Like Plastic
ラスト曲「Like People, Like Plastic」は、本作の締めくくりとして非常に象徴的な楽曲である。タイトルは「人々のように、プラスチックのように」と読め、現代社会における人間の人工性、消費される身体、環境問題、偽物の感情、使い捨てられる存在を連想させる。
サウンドは、アルバムの終幕らしく、どこか広がりと寂しさを持つ。楽曲は派手な爆発で終わるのではなく、現代的な不安を残しながら閉じていく。Aaron Brunoのヴォーカルには、観察者としての冷静さと、当事者としての痛みが同時にある。
歌詞では、人間がプラスチックのようになっていく感覚が描かれる。プラスチックは軽く、便利で、人工的で、長く残るが、同時に環境を汚し、使い捨てられる。これは現代人の比喩として非常に鋭い。『Here Come the Runts』が弱者やはみ出し者のアルバムであるなら、この最後の曲は、その弱者たちが生きる世界そのものの人工性を見つめている。
「Like People, Like Plastic」は、アルバムを単なるロックの祝祭で終わらせず、現代社会の不安へ接続する重要なラスト曲である。
総評
『Here Come the Runts』は、AWOLNATIONが「Sail」のイメージを背負いながらも、より生身のロック・バンド的な表現へ踏み出したアルバムである。前作までのエレクトロ・ロックやインダストリアル的な硬質さは残りつつ、本作ではギター、ドラム、コーラス、フォーク的な要素、70年代ロックの手触りが強くなっている。そのため、作品全体は過去作よりも温かく、雑多で、人間的に響く。
本作の中心にあるのは、タイトル通り“runts”の存在である。社会の中心にいる者ではなく、小さく、弱く、奇妙で、見過ごされがちな者たち。AWOLNATIONは、そのような存在を哀れむのではなく、彼らがやって来ることを祝う。これはロックが本来持ってきたアウトサイダー性への回帰でもある。
「Passion」や「Seven Sticks of Dynamite」は、そうしたはみ出し者たちのエネルギーを大きなロック・アンセムとして鳴らす。一方で、「Handyman」「Table for One」「The Buffoon」では、不完全さや孤独がより繊細に描かれる。アルバムは常に明るいわけではないが、弱さを隠さないまま前へ進む力がある。
音楽的には、AWOLNATIONの過去作と比べて、電子音の比重がやや下がり、ロックの有機的な質感が増している。これはリスクでもあった。巨大な電子的フックを期待するリスナーには、やや地味に感じられる部分もある。しかし、Aaron BrunoがAWOLNATIONを単なるエレクトロ・ロック・プロジェクトではなく、より多面的なロック表現へ広げようとした意図は明確である。
歌詞面では、自己肯定と自己嘲笑が共存している。情熱を歌いながら、自分を道化とも呼ぶ。爆発を望みながら、一人用のテーブルに座る孤独も描く。壊れたものを直そうとしながら、人間がプラスチックのようになっていく世界を見つめる。このバランスが、AWOLNATIONらしい人間臭さを生んでいる。
『Here Come the Runts』は、完全に整った名盤というより、荒さやばらつきも含めて魅力を持つ作品である。曲ごとにカントリー風、ガレージ風、エレクトロ・ロック、ポップ・バラード、奇妙なインタールードが入り混じり、統一感よりも雑多な生命力が前に出る。これはタイトルの“runts”にも合っている。整ったエリートではなく、不揃いな者たちの集まり。その不揃いさが本作の本質である。
日本のリスナーにとって本作は、「Sail」の重く暗いエレクトロ・ロックを期待すると、意外にロックンロール的で、温かく、時にコミカルに感じられるかもしれない。しかし、AWOLNATIONというプロジェクトの幅を理解するには重要な一枚である。Aaron Brunoが単一のヒット曲に収まらず、アウトサイダーたちのための多彩なロック・アルバムを作ろうとしたことがよく分かる。
『Here Come the Runts』は、はみ出し者たちの行進である。情熱を持つ者、嫉妬する道化、修理しようとする便利屋、爆発寸前の者、一人で座る者、プラスチックのような世界に違和感を抱く者。彼らが集まってくる。その光景を、AWOLNATIONはロック、ポップ、電子音、奇妙なユーモアで描いた。本作は、弱さを欠点としてではなく、共同体の出発点として捉えたアルバムである。
おすすめアルバム
1. AWOLNATION – Megalithic Symphony(2011)
AWOLNATIONのデビュー作であり、「Sail」を収録した代表作。エレクトロ・ロック、シンセ、オルタナティヴ・ポップを大胆に混ぜた作品で、Aaron Brunoの不安定な声と巨大なフックが強く表れている。『Here Come the Runts』とのサウンドの変化を理解するために重要である。
2. AWOLNATION – Run(2015)
2作目にあたるアルバムで、よりダークで硬質なエレクトロ・ロックへ進んだ作品。『Here Come the Runts』がバンド感や有機的な音へ向かう前の、重く緊張感のあるAWOLNATIONを確認できる。内面的な不安と電子的な攻撃性が強い。
3. Cage the Elephant – Melophobia(2013)
オルタナティヴ・ロック、ガレージ、ポップ、サイケデリックな感覚を融合した作品。AWOLNATIONと同様、現代ロックの中でジャンルを横断しながら、アウトサイダー的なエネルギーを持つ。生々しいバンド感と奇妙なポップ性の比較対象として有効である。
4. Portugal. The Man – Woodstock(2017)
ロック、ポップ、エレクトロ、サイケデリックの要素を混ぜた2010年代後半の代表的なオルタナティヴ・ポップ作品。AWOLNATIONよりも滑らかでポップだが、ロック・バンドが現代的な音とレトロな感覚を結びつける点で関連性が高い。
5. Beck – Guero(2005)
オルタナティヴ・ロック、ヒップホップ、フォーク、電子音、ユーモアを混ぜ合わせた作品。AWOLNATIONの雑多なジャンル感覚や、奇妙な言葉遊び、アウトサイダー的なポップ性を理解するうえで参考になる。

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