
発売日:2017年3月17日
ジャンル:Indie Rock / Alternative Rock / Art Rock
概要
Hot Thoughtsは、Spoonが2017年に発表した9作目のスタジオ・アルバムである。前作They Want My Soulから約2年半を経て制作され、長年在籍したMerge Recordsへ戻ってリリースされた。中心人物Britt DanielとドラマーJim Enoに加え、Alex Fischelらが演奏に参加し、プロデュースではThey Want My Soulにも関わったDave FridmannがDanielと再び組んでいる。90年代から活動してきたバンドが、ギター中心のインディー・ロックという基本形を保ちながら、電子音やスタジオ加工へさらに踏み込んだ作品である。
Spoonはもともと、少ない音数と鋭いリズムによって曲を成立させることを得意としてきた。本作でもその考え方は変わらないが、空いた場所へシンセサイザー、電子的なパーカッション、加工された声を置くことで、従来とは異なる色を作っている。特に前半はダンス・ミュージックに接近したビートが目立つ一方、後半にはピアノ主体の曲や長いインストゥルメンタルもあり、単純な電子化には終わらない。ロック・バンドとして積み上げた演奏の癖を残したまま、スタジオそのものを楽器として使う方向へ進んだアルバムだ。
全曲レビュー
1. 「Hot Thoughts」
規則的なビートの上でシンセサイザーが脈打ち、ギターは主役というより鋭いアクセントとして差し込まれる。Danielのボーカルも短い言葉をリズムに合わせて置くため、従来のギター・ロック以上に身体的なグルーヴが強い。歌詞では頭から離れない相手への欲望が、題名通り制御しにくい「熱い思考」として表現される。反復するリズムがその執着を音に変えており、本作の新しい方向を最初の数十秒で明確にする。
2. 「WhisperI’lllistentohearit」
ひと続きになった奇妙な題名と同じく、曲自体も簡単には形をつかませない。静かな電子音とDanielの声から始まり、前半は空間を大きく残しているが、途中からドラムとギターが強くなり、抑えていた力が突然外へ出る。一定のテンポで素直に盛り上げるのではなく、密度そのものを変えることで展開を作るのが特徴だ。電子的な実験とSpoon本来のバンド演奏が一曲の中で直接ぶつかっている。
3. 「Do I Have to Talk You Into It」
太いピアノのコードと硬いドラムが曲を引っ張り、Danielは相手との駆け引きを楽しむような声で歌う。サビでは同じ問いを繰り返すことで、説得しようとする語り手の自信と焦りが同時に浮かぶ。ギターを大量に重ねなくても、ピアノ、ベース、ドラムがそれぞれ短く強い音を置くため、演奏には十分な重量がある。Spoonが得意とする「音数を増やさず圧力を上げる」方法がよく分かる曲である。
4. 「First Caress」
軽快なパーカッションと鍵盤を中心に、アルバム前半でも特に明るく弾む。Danielの歌い方も比較的軽く、フレーズを短く区切ってリズムへ乗せるため、ロックというよりファンクやダンス・ポップに近い瞬間もある。ところが背景には細かな電子音や声が入り込み、単純に陽気な曲としては終わらない。短い尺にアイデアを詰め込みながら、サビを必要以上に巨大化させないところにもSpoonらしい抑制がある。
5. 「Pink Up」
マリンバを思わせる反復音とパーカッションを軸にした長めの曲で、一般的なヴァース/サビ構成から離れていく。一定のパターンを保ちながら周囲の音だけが少しずつ変化し、声も明確な主人公というより音響の一部として置かれる。そのため、目的地へ進むというより同じ場所の景色が徐々に変わるように聞こえる。前半のポップな流れをここで崩し、アルバムがより実験的な後半へ向かえるようにする転換点である。
6. 「Can I Sit Next to You」
乾いたドラムと跳ねるベースによって、アルバムでも特にダンス・ロック色が強く出る。ギターはコードを鳴らし続けず、短い音をリズムの隙間へ置くことでファンク的な切れ味を作っている。Danielの歌詞は題名の素朴な問いを出発点に、相手へ近づこうとする欲望と駆け引きを描き、少し気取った歌唱もその雰囲気によく合う。前半で試した電子的なリズムを、簡潔なポップソングへ落とし込んだ一曲だ。
7. 「I Ain’t the One」
ピアノと低い電子音を中心に音数を大きく減らし、Danielの声をむき出しに近い状態で聞かせる。ここではいつもの皮肉っぽい強さが後退し、「自分はその人間ではない」と距離を置こうとする言葉に疲労や迷いがにじむ。曲が進むと音は少しずつ厚くなるが、大きなロック・サビへ逃げず、緊張を保ったまま進む。前曲までの身体的なビートを止めることで、後半の感情的な中心を作っている。
8. 「Tear It Down」
再びギターとドラムが前へ出るが、勢いだけで押す曲ではない。反復されるフレーズは非常に単純で、その周囲にピアノや細かな音を加えることで徐々に厚みを作る。何かを「壊す」ことを求める歌詞には政治的・社会的な状況も連想できるが、対象を一つに固定せず、隔たりそのものへの反発として読める余地が残されている。親しみやすいメロディと不穏な含みを同居させた後半のアクセントだ。
9. 「Shotgun」
鋭いギターと強いドラムが戻り、終盤でアルバムをもう一度ロック・バンドの感触へ引き戻す。Danielは言葉を噛みつくように短く歌い、楽器もその声に応答するように途切れながら鳴るため、全員が同じリフを塗り固めるタイプのロックとは違った隙間がある。Dave Fridmannらしい加工された質感も聞こえるが、中心にあるのはあくまでリズム隊の押し引きだ。短く引き締まった構成も前曲までの広がりと好対照をなす。
10. 「Us」
最後は約5分のインストゥルメンタルで、一般的なSpoonのロックソングから大きく離れる。サックスを中心とした旋律がゆっくりと漂い、背景の電子音やパーカッションも明確な拍を強調するより、広い空間を作るために使われている。ボーカルによる結論を置かないため、「I Ain’t the One」などで表面化した距離や関係性も解決されないまま残る。シングル向きの曲で締めず、音響そのものへ溶けていく終わり方が本作の実験性を最後に強調する。
総評
Hot ThoughtsでSpoonが行ったのは、ロック・バンドを電子音へ置き換えることではなく、自分たちが以前から使ってきた「隙間」を別の方法で埋め直すことだった。彼らの演奏はもともと、ギターを絶えず鳴らすより、一音をどこに置くかによって緊張を作る。その空間へシンセサイザーや電子的なパーカッションを入れても、楽曲の骨格は失われていない。むしろ音色の選択肢が増えたことで、同じ簡潔さを保ちながら曲ごとの差を大きくできるようになった。
Jim Enoのドラムも本作では重要である。派手なフィルを連発せず、キックやスネアの一発を強く聞かせる演奏は電子的なビートと相性がよく、生ドラムとプログラミングの境界が曖昧になる場面もある。その上でDanielやFischelのギター、ピアノ、シンセが必要な瞬間だけ入るため、複雑なプロダクションでも曲が重くなりすぎない。Dave Fridmannの色彩豊かな音作りを受け入れながら、Spoon特有の乾いた感触を失っていない点が大きな成果だ。
アルバム構成にも工夫がある。前半ではタイトル曲や「First Caress」のような即効性のある曲を配置し、中盤の「Pink Up」から通常のロックソングの形を少しずつ崩していく。「I Ain’t the One」で極端に音数を減らし、「Us」ではついに歌そのものを手放す。この流れがあるため、個々の曲だけを見れば方向の違うダンス・ロック、バラード、インストゥルメンタルが、一枚の中では段階的な変化として聞こえる。
長いキャリアを持つバンドの9作目として、本作が優れているのは過去の特徴を捨てずに変化できていることだ。Ga Ga Ga Ga Gaなどに比べればギター・ロックとしての即物的な気持ちよさは薄く、後半の実験的な曲は好みが分かれるだろう。しかし、簡潔なリズム、Danielの乾いた声、突然の音量変化というSpoonの基本的な語彙はそのまま残っている。そこへ電子音、ファンク、アンビエント的な空間を持ち込み、バンドの「らしさ」を特定の楽器ではなく、音の配置とタイミングにあるものとして示した作品である。
おすすめアルバム
They Want My Soul by Spoon
2014年の前作で、Dave Fridmannとの共同作業が本格化した作品。ギター・ロックとしての輪郭はこちらの方が強く、そこから電子音とリズムを前面に出したHot Thoughtsへの変化を追いやすい。
Lucifer on the Sofa by Spoon
2022年の次作では、Hot Thoughtsのスタジオ実験から方向を変え、生々しいバンド演奏へ重心を戻している。両作を比べると、Spoonが電子音とギターを目的に応じて使い分けていることが分かる。
Remain in Light by Talking Heads
反復するリズムの上へギターや声を断片的に配置し、ロックとダンス・ミュージックを結びつけた1980年作。直接同じ音ではないが、Hot Thoughtsのファンク的なリズム感を理解するうえで有効な比較対象になる。
Sound of Silver by LCD Soundsystem
生楽器と電子的なビートを分けずに扱い、反復から徐々に曲を膨らませる2007年作。「Pink Up」などに聞かれる、ロック・バンドの感覚を保ったままダンス音楽へ接近する方法と共通点がある。
The Moon & Antarctica by Modest Mouse
2000年発表。インディー・ロックのバンド演奏を土台にしながら、電子音や広い空間処理によって曲の世界を拡張している。Hot Thoughtsとはリズムの方向性が異なるが、既存のバンド像をスタジオ制作によって広げた例として比較できる。

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