
発売日: 1975年12月
ジャンル: エレクトロニック、プログレッシブ・エクスペリメンタル、ライブ・アンビエント
アルバム全体の印象
Tangerine Dreamの**『Ricochet』は、彼らにとって初のライブ・アルバムであり、1975年のヨーロッパ・ツアーで録音された音源を基に構成されている。ただし、一般的なライブ・アルバムのように単純な演奏記録ではなく、スタジオでの編集とオーバーダビングを施し、ほぼ新作のような完成度を持つ**作品に仕上げられている。
本作がリリースされた1975年は、Tangerine Dreamにとって重要な転換期だった。前年に発表した**『Phaedra』(1974年)と『Rubycon』(1975年)は、モーグ・シーケンサーを駆使した実験的な電子音楽として高く評価され、彼らのサウンドが確立された時期である。しかし、『Ricochet』では、それまでの静謐で広がりのあるアンビエント・サウンドから一歩進み、よりダイナミックで即興的なアプローチ**を取り入れている点が特徴だ。
アルバムは、2つの長大な楽曲で構成されており、モーグ・シーケンサーの躍動的なリズム、エドガー・フローゼのギター、そしてシンセサイザーによる幻想的なサウンドスケープが複雑に絡み合う。ライブ録音ならではの即興性と、スタジオ編集による精密な音作りが融合したことで、Tangerine Dreamの作品群の中でも異彩を放つ内容となっている。
全体として、『Ricochet』は単なるライブ・アルバムにとどまらず、彼らの音楽の進化を記録した重要な作品であり、後のテクノやシンセウェーブの礎ともなるシーケンス・パターンを強調したアルバムでもある。
トラックごとのレビュー
1. Ricochet, Part One (16:57)
アルバムのオープニングを飾る**「Ricochet, Part One」は、Tangerine Dreamの従来の作品と比べても、特にリズムの躍動感が強い**。冒頭のシンセ・パッドの響きが漂う中、モーグ・シーケンサーの緻密なパターンが徐々に浮かび上がり、楽曲に生命を吹き込む。
このトラックの最大の特徴は、エドガー・フローゼのギター・プレイである。Tangerine Dreamの音楽は一般的にギターの印象が薄いが、ここではフローゼがエレクトリック・ギターを大胆にフィーチャーし、楽曲にエネルギッシュなダイナミズムを加えている。
中盤では、ピアノのような明るいシンセフレーズが加わり、一瞬の幻想的な静けさを演出する。しかし、その後再びシーケンサーが前面に出て、リズムが強調されていく展開は、まさにライブの即興性を活かした圧巻の構成といえる。
この曲は、『Phaedra』や『Rubycon』のドローン的な楽曲とは異なり、よりアグレッシブな側面を持っている。ライブならではの緊張感と勢いが感じられるトラックだ。
2. Ricochet, Part Two (21:04)
「Part One」と対をなす**「Ricochet, Part Two」**は、よりアンビエント寄りの楽曲である。導入部では、不規則なシンセのトーンが漂い、リスナーを静謐な空間へと誘う。やがて、シンセサイザーのメロディが浮かび上がり、幻想的で瞑想的な雰囲気を作り出す。
本作のハイライトは、シーケンサー・パターンが再び動き始める中盤部分だ。細やかに構築された電子音のリズムが、まるで生命を持つかのように変化しながら展開していく。この部分は、のちのエレクトロニック・ミュージックやミニマル・テクノの原型ともいえるサウンドであり、Tangerine Dreamの影響力の大きさを実感させる。
終盤では、楽曲がゆっくりとフェードアウトしながら、広がりのあるシンセ・パッドが残響として空間を満たしていく。この静かな余韻が、まるで夢の終わりのような感覚を生み出し、アルバム全体の締めくくりとして非常に印象的だ。
『Ricochet』の影響と意義
『Ricochet』は、Tangerine Dreamのライブ・パフォーマンスの即興性と、シーケンサーを中心とした電子音楽の可能性を示した作品である。本作のリリースは、後のエレクトロニック・ミュージックの発展に大きな影響を与え、特にテクノ、トランス、シンセウェーブのジャンルの基礎を築く要素が含まれている。
また、本作で確立された**「ライブ演奏とスタジオ編集の融合」というアプローチ**は、後のアンビエントやエクスペリメンタルな電子音楽の制作手法にも大きな影響を与えた。現代のライブ・エレクトロニック・アーティストが、リアルタイムでシーケンサーを操作しながら即興演奏を行う手法は、まさに『Ricochet』の延長線上にあるといえる。
総評
『Ricochet』は、Tangerine Dreamのディスコグラフィの中でも特異な作品であり、**「ライブ演奏のエネルギー」と「スタジオ編集の精密さ」**を融合させた、エレクトロニック・ミュージックの革新的な作品である。
『Phaedra』や『Rubycon』のアンビエント的なサウンドとは異なり、よりリズムの強調された即興的な演奏が前面に出ており、これがアルバム全体に独自の緊張感を与えている。
本作は、単なるライブ・アルバムではなく、むしろ新しい音楽体験として構築された一つの作品であり、Tangerine Dreamの進化の過程を記録した貴重なドキュメントでもある。シーケンサーを基盤としたエレクトロニック・ミュージックのルーツを探るならば、この作品は絶対に外せない1枚である。
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