発売日: 1979年3月29日
ジャンル: ポップ・ロック、アートロック、プログレッシブ・ロック
概要
『Breakfast in America』は、Supertrampが1979年にリリースした6作目のスタジオ・アルバムであり、彼らのキャリアにおける商業的、芸術的ピークを象徴する金字塔的作品である。
イギリス出身のバンドでありながら、“アメリカ”を主題に据え、ロサンゼルスで録音された本作は、当時のアメリカ社会とポップ・カルチャーへの皮肉と憧れが入り混じった独特の視線に満ちている。
アルバムタイトルとジャケットに描かれた“摩天楼のブレックファスト”は、その象徴とも言える視覚的メタファーである。
楽曲はコンパクトでキャッチー、しかし決して浅くない――ホジソンとデイヴィスの対照的な視座がアルバム全体に深みと多様性を与えており、テーマは愛、孤独、アイデンティティ、成功といった普遍的な人間の葛藤をポップな旋律の中に巧みに織り込んでいる。
「The Logical Song」「Goodbye Stranger」「Take the Long Way Home」「Breakfast in America」といった大ヒットシングルを含み、全世界で2,000万枚以上を売り上げた本作は、まさに1970年代末を象徴するロック・アルバムである。
全曲レビュー
1. Gone Hollywood
デイヴィスによる、ハリウッドの栄光と挫折を描いたオープニング・ナンバー。
静かなイントロから始まり、徐々に展開されるドラマチックな構成は、アルバム全体の物語性を予感させる。
「名声のためにやって来たが…」という自嘲的なリリックが、現代のショウビズ批評にもつながる。
2. The Logical Song
ホジソンの代表曲にして、教育とアイデンティティの喪失を痛烈に描いた名曲。
“logical(論理的)”な人間に育てられる中で、自分自身が何者かわからなくなっていく――その感覚は時代を超えて共感を呼び続けている。
キャッチーなメロディとシンセのアクセント、ソウルフルなサックスソロも秀逸。
3. Goodbye Stranger
デイヴィスの低音ボーカルとファルセットが交錯する、軽快なグルーヴのラブソング。
気ままな恋愛と自由を歌いながら、どこか満たされない感情が漂う。
ホジソンによるギターソロも印象的で、楽曲全体が滑らかに展開される。
4. Breakfast in America
アルバムのタイトル曲にして、皮肉に満ちたポップ・アンセム。
“Take a look at my girlfriend / She’s the only one I got”というフレーズで始まるユーモラスな歌詞は、実はアメリカ文化への憧れと違和感を混在させた複雑な視点を含んでいる。
ホジソンの軽快なピアノとボーカルが、どこかビートルズ的な陽気さを醸し出す。
5. Oh Darling
デイヴィスによるメロウでダークなナンバー。
恋人への訴えと支配欲の交錯が、サウンドにも現れており、ミドルテンポながらも緊張感がある。
コーラスの重ね方が独特で、アートロック的な感触を残す。
6. Take the Long Way Home
ホジソンによる、家庭や社会に対する逃避願望を描いた叙情的な一曲。
「遠回りして帰る」ことが、現実からの一時的な解放であると同時に、自分自身との対話でもある。
メロディの美しさとサックスの切なさが見事に溶け合い、リスナーの心に深く残る。
7. Lord Is It Mine
ホジソンの内省が最も強く現れたバラード。
神に語りかけるような歌詞と、静謐なピアノアレンジが深いスピリチュアル性を帯びている。
“静かな絶望”ともいえる空気が、アルバム全体のテーマと共鳴している。
8. Just Another Nervous Wreck
デイヴィスによる、自滅寸前の心理を吐露するロック・ナンバー。
怒りと諦念が入り混じるヴォーカル、徐々にヒートアップする展開は、感情の崩壊をそのまま音にしたようである。
“俺はただの壊れそうな奴さ”というタイトルに、70年代末の疲労感が滲む。
9. Casual Conversations
デイヴィスのソウルフルなピアノとヴォーカルによる、離別を前にした冷めた会話の歌。
“ありふれた会話”というタイトルが示すように、愛情の終わりが形式だけで続いていく様が描かれる。
静かながら感情の起伏を巧みに表現している。
10. Child of Vision
アルバムのクロージングを飾る7分に及ぶプログレ色の濃い楽曲。
アメリカ文化に染まってしまった“空っぽな子どもたち”への問いかけがテーマ。
ピアノとシンセの長尺ソロが展開される後半は、Supertrampの演奏力の真骨頂ともいえる。
総評
『Breakfast in America』は、ポップ・ロックとしての完成度と、アートロックとしての思想性が絶妙に交差する傑作である。
ホジソンとデイヴィスという二人のソングライターが、それぞれの人生観と世界観を持ち寄り、アメリカという舞台装置のもとに“夢と挫折”“期待と皮肉”といった複雑な感情を凝縮して描き出している。
音楽的にはプログレの要素を内包しながらも、構成はきわめてコンパクトで、ポップスとしての即効性を持つ。
しかしその裏には、強烈な内省と社会批評、さらには精神世界への探求が折り重なっており、聴くたびに異なる表情を見せる。
ジャケットに描かれた“アメリカの朝食”は、ユーモラスであると同時に痛烈な風刺でもあり、本作がただのヒット作にとどまらない、深い知性と批評性を持った作品であることを物語っている。
Supertrampが世界的ロック・バンドとしての地位を確立し、その後の道のりを大きく変える転機となったこのアルバムは、1970年代ロック史における不朽の名盤として、今なお輝き続けている。
おすすめアルバム(5枚)
- Electric Light Orchestra – Discovery (1979)
ポップとコンセプト志向の融合という意味で共通項が多い。 - Steely Dan – Gaucho (1980)
都会的な洗練と冷笑的な視線が、Supertrampの本作と重なる。 - Billy Joel – The Stranger (1977)
親しみやすさの中に社会風刺と孤独を宿したポップ・ロックの傑作。 - Genesis – Duke (1980)
プログレからポップへの転換点におけるコンセプト性と音楽性のバランスが類似。 - 10cc – Bloody Tourists (1978)
ポップな表現の裏に辛辣な社会批評を潜ませたスタイルが近い。
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