
発売日: 1977年4月10日
ジャンル: プログレッシブ・ロック、アートロック、ソフトロック
概要
『Even in the Quietest Moments…』は、Supertrampが1977年に発表した5作目のスタジオ・アルバムであり、彼らが世界的成功を収める直前、音楽的・精神的に成熟しつつあった時期を象徴する作品である。
タイトルが示すとおり、本作では“静けさの中にも感情がある”という繊細で内省的なテーマが全体を貫いている。
この静けさとは単なる音量の問題ではなく、人生の余白や、言葉にならない感情、自然と向き合う時間、そうした“間”の中に宿るドラマを丁寧に描こうとする意志の表れである。
制作はコロラドの山中にあるCaribou Ranchにて行われ、自然の中での制作環境が楽曲の抒情性と透明感に大きな影響を与えている。
前作『Crisis? What Crisis?』よりもよりシンフォニックなアプローチが採られており、7分超の「Fool’s Overture」などに顕著なプログレ的要素と、ポップソングとしての親しみやすさが見事に同居している。
このアルバムは、のちの『Breakfast in America』のような派手さはないものの、Supertrampの“音楽的誠実さ”が最も純粋な形で結実した作品として高く評価されている。
全曲レビュー
1. Give a Little Bit
ホジソンによる最も親しみやすい名曲の一つで、アコースティック・ギターの軽快なリフと“ほんの少しの思いやり”を呼びかけるメッセージが魅力的。
ビートルズのような普遍的メロディと、真っ直ぐな詞世界が調和しており、アルバムの導入として最適なナンバー。
ソフトロックとフォークの中間に位置するような音像が温かみを生む。
2. Lover Boy
デイヴィスが手がける、より内面的で皮肉なロック・ナンバー。
“恋人”という甘い言葉の裏側に潜む自己中心性や、愛に対する歪んだ幻想をテーマにしている。
楽曲はテンポチェンジや転調を含み、スリリングな構成が特徴。
中盤のジャズ風ピアノとサックスがスパイスとなっている。
3. Even in the Quietest Moments
タイトル曲にして、アルバムのテーマを最も象徴する一曲。
自然の中に身を委ねるようなピアノのイントロから始まり、徐々に情感が膨らんでいく構成が見事。
“最も静かな瞬間にさえ、心は語り続けている”という詩的なテーマは、都会の喧騒に疲れた人々の心に深く染み入る。
ホジソンのボーカルとストリングスの絡みが美しい。
4. Downstream
デイヴィスによるピアノ・バラード。
穏やかで静謐な旋律に乗せて、“川下り”をメタファーとした愛と平穏の物語が紡がれる。
Supertrampの中でも最もミニマルで内省的な楽曲の一つであり、その分だけ感情の余白が大きく響く。
5. Babaji
ホジソンが敬愛するインド的精神世界を反映したスピリチュアルな楽曲。
“ババジ”とはヨガ行者の名前であり、この曲では神秘的存在への問いかけを詩的に展開する。
リズムの抑制、コードの浮遊感、サビでの盛り上がりといった構成が、祈りのような緊張感を生む。
ホジソンの宗教性とメロディ感覚が結実した重要曲である。
6. From Now On
デイヴィスが書いた、社会からの孤立と内なる変化を描く楽曲。
ピアノの旋律とベースラインが印象的で、コーラスに向けてのビルドアップが非常にドラマティック。
歌詞では“これからは違う自分でいたい”という決意と、現実との葛藤が滲み出る。
後半のリフレインと観客のような歓声音が、自己と他者の対比を象徴している。
7. Fool’s Overture
アルバムの締めくくりを飾る10分を超えるプログレッシブ組曲。
チャーチルの演説や効果音を交えたコラージュ的構成で、戦争、自由、歴史を巡る壮大なテーマが展開される。
ピアノ主体の序盤から、バンド全体が巻き込むような中盤、そして感動的なクライマックスへと進む構成は、Supertramp史上最も壮麗で実験的。
ホジソンの精神世界とバンドの演奏力が頂点に達した傑作である。
総評
『Even in the Quietest Moments…』は、Supertrampの音楽的精度と精神的深度がもっとも均衡した瞬間を記録したアルバムである。
派手なアレンジやラジオ向けのポップネスよりも、静かに語りかけるような旋律や、詩的で内省的なリリックがアルバム全体に満ちており、聴き手の感受性に深く響く。
ホジソンの書く“光と祈り”のような楽曲と、デイヴィスの“影と現実”のような視座が、対比というより補完関係にあることが、本作では特に明確に感じられる。
音楽的にはプログレッシブ・ロックの自由さと、ポップソングの親しみやすさを高度なバランスで共存させており、Supertrampというバンドの真価が最も純粋な形で表出している。
大ヒット作『Breakfast in America』に先立つ本作は、商業性と芸術性の交差点に立ちつつも、あくまで“心の声”に耳を傾け続けた稀有な作品である。
何も語らずとも感情が溢れる──まさに“静けさの中にこそ音楽がある”ことを教えてくれるアルバムである。
おすすめアルバム(5枚)
- Yes – Going for the One (1977)
プログレと叙情性の融合。精神世界への探求という点で通じる。 - Camel – Moonmadness (1976)
インストゥルメンタル中心の幻想的プログレ。自然との調和感覚が共通。 - Alan Parsons Project – I Robot (1977)
構成の巧妙さと叙情性のバランスが、Supertrampの本作と重なる。 - Gordon Lightfoot – Summertime Dream (1976)
内省的なフォークとストーリーテリングが、ホジソンの作風に近い。 - Steely Dan – Aja (1977)
洗練された演奏と哲学的な歌詞、静かなる完成度が本作に通じる。
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