発売日: 1971年11月
ジャンル: ジャズロック、プログレッシブロック、ブルースロック、フォークロック
概要
『The Low Spark of High Heeled Boys』は、Trafficが1971年に発表した5作目のスタジオ・アルバムであり、ジャズ、ロック、フォーク、R&B、ブルースといった多彩な音楽要素を有機的に統合し、バンドとしての“完成形”に到達した作品である。
スティーヴ・ウィンウッド(ヴォーカル、キーボード)を中心に、ジム・キャパルディ(ドラム、リリック)、クリス・ウッド(サックス/フルート)に加え、リック・グレッチやジム・ゴードン、リボップ・クワク・バー(パーカッション)らが加わった拡張編成により、演奏の幅と深度は飛躍的に向上した。
タイトル曲の「The Low Spark of High Heeled Boys」は、全11分以上にわたる長尺曲でありながら、メロディ、即興性、叙情性を兼ね備えた名演として高く評価され、FMラジオを通じて多くのリスナーに浸透。
このアルバムでは、かつてのサイケデリックな奔放さを昇華し、より洗練されたジャズ的アンサンブルと詩的世界観によって、リスナーを“思索と酩酊の音の旅”へと誘っている。
ジャケットの切り抜かれた角、透明な幻想と曖昧な現実――すべてが“形式にとらわれない自由な精神”を象徴しており、本作はTrafficの中でも最も多くの文脈を内包した重要作として位置づけられる。
全曲レビュー
1. Hidden Treasure
アコースティック・ギターとフルートが織りなす穏やかでスピリチュアルなオープニング。
“隠された宝”を求める旅の始まりとして、リスナーをやさしく導く。
楽器編成の柔らかさが、英国フォークとワールドミュージックの中間を描く。
2. The Low Spark of High Heeled Boys
本作の中心にして、Trafficを代表する名曲。
“厚底の靴を履いた若者たち”という謎めいたタイトルは、70年代初頭のカウンターカルチャーにおける反抗と虚無、アイロニーを象徴している。
ウィンウッドのメロディアスなピアノ・リフ、ワウギター、リズムの揺れがじわじわと空間を満たし、やがてドラマティックな展開へと突き進む。
サックス・ソロも含め、演奏の即興性と抒情性が融合した名演。
3. Light Up or Leave Me Alone
ジム・キャパルディがリード・ヴォーカルをとるロック寄りのナンバー。
タイトルは“火をつけるか、さもなくば出て行け”という強烈なメッセージであり、キャパルディのストレートな詞世界と、ラフなファンク・グルーヴが魅力。
後年、ジャム・バンド界でも頻繁にカバーされる定番曲となった。
4. Rock & Roll Stew
ジム・ゴードンとの共作であり、アメリカ南部ロック的な手触りを持つアップテンポな楽曲。
ツアー生活と音楽業界の現実を、料理になぞらえて表現するユーモアも効いている。
ベースとドラムのコンビネーションが光る、リズム主導の佳曲。
5. Many a Mile to Freedom
女性シンガーのマイク・パトゥが参加した、儚くメランコリックなバラード。
旅と喪失というテーマが、ジェントルなコード進行と淡い歌声に乗って胸に響く。
アルバム内でも特に感情の機微を丁寧に描いた一曲。
6. Rainmaker
土着的なリズムと呪術的な展開を持つエンディング・ナンバー。
“雨を呼ぶ者”=レインメーカーというテーマには、祈り、自然との交信、変化の兆しといった象徴が込められている。
サイケデリックな残り香と、アフロ・キューバン的なリズムの融合が印象的。
総評
『The Low Spark of High Heeled Boys』は、Trafficが最も“成熟した表現力”を手に入れたアルバムであり、ジャンルの垣根を超えたサウンドスケープの構築、詩的イメージの提示、そして演奏としての充実度すべてにおいて、キャリアのハイライトと呼ぶにふさわしい作品である。
ジャズ的な即興性とロック的な躍動感が有機的に溶け合い、そこにフォークやブルース、ラテンといった多様な要素が流れ込むことで、Trafficというバンドの“拡張する音楽宇宙”が具現化されている。
また、歌詞においても、社会批評、個人的叙情、幻想的比喩が高度に融合しており、70年代初頭の音楽が“娯楽から芸術へ”と進化する過程を象徴するようなアルバムでもある。
流動的でありながら、全体は奇跡的なバランス感覚に支えられており、まさに“低く燃える高き火花”のような美しさを放っている。
おすすめアルバム(5枚)
- Steely Dan – Countdown to Ecstasy (1973)
ジャズ的コード進行とシニカルな歌詞の融合。Trafficの洗練性と響き合う。 - Van Morrison – His Band and the Street Choir (1970)
スピリチュアルなブルーアイド・ソウル。『Hidden Treasure』のような祈りの感覚と親和性あり。 - Crosby, Stills, Nash & Young – Déjà Vu (1970)
フォークとロックの融合、個と集合の響き合い。『Many a Mile to Freedom』との共鳴。 - Miles Davis – In a Silent Way (1969)
静と動、構造と即興が同居するジャズ・ロックの先駆。『Low Spark〜』の精神的源流。 - Joni Mitchell – Court and Spark (1974)
個人的抒情とジャズ的洗練が共存。詩性と音楽性の両立という意味で近似的名盤。
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