発売日: 1970年7月1日
ジャンル: プログレッシブロック、ジャズロック、フォークロック
概要
『John Barleycorn Must Die』は、Trafficが1970年に発表した4作目のスタジオ・アルバムであり、前期のサイケデリック・フォークから脱却し、ジャズロック/プログレッシブ・ロックへと本格的に移行した“第二期Traffic”の幕開けを告げる作品である。
元々はスティーヴ・ウィンウッドのソロ・アルバムとして構想されていたが、録音中にジム・キャパルディとクリス・ウッドが合流し、自然発生的にTrafficとしての再結成が実現した。
タイトル曲はイングランドの伝承歌に基づくフォーク・バラードで、全体としてはロック、ジャズ、フォーク、ブルースを有機的に統合しながら、当時の英国ロックにおける“即興と構成のバランス”を新たに切り開いた名作である。
スティーヴ・ウィンウッドはヴォーカル、ピアノ、オルガン、ギター、ベースなどを担当し、マルチ・インストゥルメンタリストとしての力量をいかんなく発揮。
ヴォーカルのスピリチュアルな響きとインストゥルメンタルの躍動感が交錯し、“即興性の中の構築美”というTrafficの新たな姿を印象づけた。
全曲レビュー
1. Glad
アルバム冒頭を飾る、インストゥルメンタルのジャズロック・ナンバー。
ウィンウッドのピアノが跳ねるようにリフを刻み、サックスとオルガンが自在に絡む。
ライブ・セッションのような生々しさがありつつ、構成は緻密で、アルバム全体の“音楽的密度”を象徴する序章。
2. Freedom Rider
キャパルディの力強い歌詞とウィンウッドの情熱的なボーカルが炸裂する、アルバムの核となる一曲。
“自由の騎手”という寓意的存在を描きながら、サックスとリズムの暴れ方がまさに“疾走感”を体現している。
中盤のアドリブ・パートは、ジャズ的な展開美が見事。
3. Empty Pages
スローなテンポとソウルフルなメロディが印象的なバラード。
“空白のページ”という比喩は、創造と虚無、希望と諦めの間を揺れ動く人間心理を描き出す。
ローズピアノの深い響きが、歌詞の内省性をより引き立てる。
4. Stranger to Himself
アーシーなギターとルーズなビートが印象的なロック・ナンバー。
“自分自身にとっての異邦人”という歌詞が、疎外感と自己不信を象徴。
この曲ではウィンウッドがほぼすべてのパートを演奏しており、ソロ的側面が強い。
5. John Barleycorn (Must Die)
本作のハイライトであり、トラフィック史に残る名演。
16世紀のイングランド民謡をもとにしたこの楽曲は、穀物(大麦)を擬人化した寓話的内容で、キリスト教的な死と再生のモチーフとも読める。
アコースティック・ギター、フルート、パーカッションが織りなすミニマルな構成が、逆に神秘性と深遠さを際立たせている。
6. Every Mother’s Son
アルバムの締めくくりにふさわしい、壮大なスロー・ナンバー。
すべての“母の息子”に捧げられるような、普遍的な祈りと苦悩が込められている。
ヴォーカルとオルガンがゆっくりと高揚していく展開は、まるで教会音楽のような崇高さを帯びている。
総評
『John Barleycorn Must Die』は、Trafficというバンドが精神的にも音楽的にも“成熟”へと達したことを示すアルバムである。
ここではもはや“サイケ”の残り香は消え、代わりに深いリズム、即興的構築、神話的イメージ、そして精神性が前面に押し出されている。
特筆すべきは、即興性と構成美の共存――演奏はどこまでも自由で流動的だが、それは決して無秩序ではなく、あくまで“語るべき物語”に奉仕している。
タイトル曲に代表されるように、英国の伝統と現代ロックの融合という試みにおいてもこのアルバムは先駆的であり、のちのプログレッシブ・フォークやアヴァン・ロックへの架け橋となった。
静かで深く、豊かで挑戦的――『John Barleycorn Must Die』は、耳だけでなく、思索と精神にも訴えかける、まさに“聴く儀式”のような作品である。
おすすめアルバム(5枚)
- Van Morrison – Moondance (1970)
ソウルとジャズ、フォークの交差点。『Empty Pages』の感触と共鳴。 - Jethro Tull – Benefit (1970)
ブリティッシュ・フォークとロックの融合。『John Barleycorn』との構造的親和性あり。 - Nick Drake – Bryter Layter (1971)
静謐と叙情の英国フォーク。スピリチュアルな余韻が『John Barleycorn』と響き合う。 - Santana – Caravanserai (1972)
ジャズとロックの有機的融合。『Freedom Rider』の即興性と近い方向性を持つ。 - Can – Future Days (1973)
ミニマリズムと即興の交差点。構成と自由の共存という意味で精神的に通じる。
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