発売日: 1973年3月16日
ジャンル: グラム・ロック、ポップ・ロック、ブルースロック
概要
『Tanx』は、T. Rexが1973年に発表した4作目のスタジオ・アルバムであり、前作『The Slider』(1972年)でグラム・ロックの絶頂を迎えたマーク・ボランが、その勢いを維持しつつも、新たな音楽的方向性を模索し始めた“分岐点”の作品である。
アルバムタイトルの『Tanx』は、戦車(tanks)をもじった表記とも、単なる“Thanks”の音的戯れとも解釈される。
その曖昧さに象徴されるように、本作はT. Rexらしいグラム・ブギーを軸にしながらも、ソウル、ブルース、ゴスペル、ストリングス主体のポップ・バラードなど、多彩なジャンルが散りばめられている。
プロデュースは引き続きトニー・ヴィスコンティ。
ストリングスやホーンの編曲に加え、パーカッション、ガールズ・コーラス、シンセの導入など、音の構築に対するアプローチがより複雑化しており、マーク・ボランのポップ職人としての側面が強く打ち出された。
シングル・ヒットは含まれておらず、派手さではやや前作に劣るものの、その分“アルバム・アート”としての一貫した美学と成熟が際立つ一枚である。
華やかさと翳り、享楽と倦怠が同居する、T. Rexの第二章の幕開けとなった作品なのだ。
全曲レビュー
1. Tenement Lady
3部構成によるスケール感あるオープニング・トラック。
貧民街の女性をめぐるストーリーをグラム・ブギーで描きつつ、後半にはバラード風の展開も挿入される。
初期Tyrannosaurus Rexの語り口と新時代の華やかさが融合したような楽曲。
2. Rapids
タイトル通り“急流”のように勢いある展開が特徴のロック・チューン。
ボランの早口気味なヴォーカルと、スピーディなリズムが疾走感を生んでいる。
3. Mister Mister
ブルージーなギターと重厚なグルーヴが印象的。
ダーティかつ粘着質なヴォーカルは、ボランの“泥臭いロック”への回帰を感じさせる。
4. Broken Hearted Blues
美しいピアノとストリングスに包まれた、極めてメランコリックなバラード。
“傷心のブルース”というタイトル通り、T. Rexでは珍しいほどの繊細な感情表現が光る。
ボランの内省的な一面が垣間見える名曲。
5. Shock Rock
荒々しく短いロックンロールで、タイトルの通り“衝撃”を与えるような衝動性に満ちている。
ガレージ・ロック的な粗削りさが魅力。
6. Country Honey
カントリー調の優しいメロディが心を癒す短編。
グラムとは距離を置いた、フォーク時代の面影を残すシンプルで穏やかな一曲。
7. Electric Slim and the Factory Hen
サイケデリックな詞世界とブギーが交錯する、ボランらしい風変わりなナンバー。
“工場の雌鳥”という謎めいたイメージが、ボラン独特の幻想性を呼び起こす。
8. Mad Donna
荒々しいギターと女性コーラスの対比が鮮烈なアップテンポ・ナンバー。
“マッド・ドンナ”という架空の女性像に、欲望と破壊が混在する。
9. Born to Boogie
同名のドキュメンタリー映画にも使われた、T. Rexの真骨頂ともいえるグラム・ブギーのアンセム。
“ブギーするために生まれた”というタイトルは、ボランのアーティスト観をそのまま表したような宣言でもある。
10. Life Is Strange
人生の不可解さを歌ったミディアム・テンポのポップソング。
軽やかなメロディに乗せて、さりげなく哲学的なテーマが語られる。
11. The Street and Babe Shadow
都会と幻影という対比が印象的な、幻想性と現実感を併せ持った一曲。
ギターリフと女性コーラスの絡みが心地よく、ボランの詩世界がふわりと広がる。
12. Highway Knees
ブルージーなギターとピアノが支配する、大地の匂いのするロック。
“ハイウェイでひざまづく”というフレーズに、自由と敗北の両面を感じさせる。
13. Left Hand Luke and the Beggar Boys
7分に及ぶ壮大なクロージング・トラック。
ピアノとストリングス、ゴスペル風のコーラスを配した構成で、T. Rexというより“ボランという作家”のスケールを感じさせる。
バンドサウンドの枠を超えた、まさに“終章の賛歌”。
総評
『Tanx』は、T. Rexがグラム・ロックの絶頂期にありながら、その成功の方程式に固執せず、新たな音楽性と詩世界を探求し始めた“静かな革命”の記録である。
表面的には華やかでキャッチーなブギーが続くように見えるが、その内側には陰り、複雑さ、そして不安定な美しさが漂っている。
マーク・ボランは本作において、グラム・スターとしてのイメージを維持しつつも、個人的で繊細な情景、神秘的な比喩、そして音響的な実験を忍ばせることで、単なる“続編”にとどまらないアルバムを作り上げた。
シングルの即効性には欠けるかもしれないが、アルバム全体を通して聴くことで浮かび上がる奥行きと統一感は、むしろT. Rexの本質を深く知るための鍵となる。
甘美で、気だるく、どこか壊れそうな――それが『Tanx』の魅力であり、T. Rexという存在の核心なのだ。
おすすめアルバム(5枚)
- David Bowie – Diamond Dogs (1974)
グラムとディストピア的世界観の融合。『Tanx』の内省と幻想に通じる。 - Roxy Music – Stranded (1973)
音の装飾と耽美性において本作と響き合うアート・グラムの傑作。 - Lou Reed – Berlin (1973)
陰鬱なロック・オペラ。『Tanx』の持つ内向的なトーンに共鳴。 - Mott the Hoople – Mott (1973)
グラム期の混沌とロマンが入り混じる作品。ボランと同時代的な感覚を共有。 - Todd Rundgren – A Wizard, a True Star (1973)
ジャンル横断的で構築的なポップ精神が、ボランの職人性と重なる。
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