1. 歌詞の概要
「6th Avenue Heartache(シックスス・アヴェニュー・ハートエイク)」は、The Wallflowers(ザ・ウォールフラワーズ)が1996年に発表したセカンド・アルバム『Bringing Down the Horse』からのファースト・シングルであり、彼らの出世作となった楽曲のひとつである。
その物語性と情感に満ちたリリック、アメリカーナとオルタナティブ・ロックを融合したサウンド、そしてジャコブ・ディランの低く沈んだヴォーカルが生み出す叙情性により、リリース当初から高い評価を得た。
歌詞は、マンハッタンの6番街(6th Avenue)を舞台にした、あるストリート・ミュージシャンとの偶然の出会いと別れ、そしてその後に残された喪失感を描いている。
語り手は、向かいのビルに住む見知らぬミュージシャンの存在に日々惹かれながらも、ついに言葉を交わすことなく、彼がいなくなったことに気づく。
その事実が語り手の胸に静かに残る“ハートエイク(心の痛み)”として記憶されていく。
この物語は、一見すると他人事のようだが、実は“失ったものへの共鳴”や、“都市における孤独とすれ違い”を象徴的に描いており、都会に生きる誰もがどこかで感じる“心の空白”に触れてくる。
2. 歌詞のバックグラウンド
The Wallflowersの中心人物であるジャコブ・ディラン(Jakob Dylan)は、あのボブ・ディランの息子でありながら、自身の声と筆致で独自の音楽世界を築いたシンガーソングライターである。
「6th Avenue Heartache」は、彼が20代の頃に実際に体験したニューヨークでの生活に着想を得た楽曲であり、“向かいのビルで音楽を奏でていた名も知らぬ男”という存在は実在の人物にインスパイアされている。
この曲では、スライドギターにCounting Crowsのアダム・デュリッツがハーモニー・ヴォーカルで参加しており、その独特な空気感と哀愁漂うサウンドが、6番街という都会的な舞台に、叙情的な広がりを与えている。
全米モダン・ロック・チャートで20週以上にわたってチャートインしたことからも、リスナーの心に深く刺さる“普遍的な喪失感”が描かれていることがうかがえる。

3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「6th Avenue Heartache」の印象的なフレーズを抜粋し、日本語訳を併記する。
“Sirens ring, the shots ring out / A stranger cries, screams out loud”
「サイレンが鳴り響き、銃声がこだまする / 見知らぬ人が泣き叫んでいる」
“I see him move across the street / I see him throw his hands up to the sky”
「通りの向こうを彼が歩いていくのが見える / 空に向かって両手を掲げていた」
“He moved into the parlor / A guitar and a mattress on the floor”
「彼は一室に移り住んだ / 床にはギターとマットレスだけ」
“Now I don’t see him anymore”
「でも今では彼の姿はもう見えない」
“And the only thing I knew how to do / Was to keep on keeping on”
「俺にできたのはただ、生き続けることだけだった」
歌詞全文はこちらで確認可能:
The Wallflowers – 6th Avenue Heartache Lyrics | Genius
4. 歌詞の考察
「6th Avenue Heartache」は、都市の片隅で交差する2つの人生を描いた詩的な物語である。
語り手は、毎日のようにギターを奏でる見知らぬミュージシャンの姿を見ながら、彼の存在に心を寄せていた。
けれども、結局その男とは一度も言葉を交わすことなく、ある日突然姿を消してしまう。
そこに残るのは、“何かを知る前に失ってしまった”という痛み――それが「heartache」として、語り手の心に沈殿するのだ。
この物語は、親密さの不在や、都市における匿名性、そして“誰かを気にかけていた自分自身”の存在への気づきといったテーマを、非常に抑制された筆致で描いている。
また、「keep on keeping on」というリフレインは、何があっても歩み続けるしかない人生の皮肉と、それでも歩くしかないというある種の希望を含んでおり、The Wallflowersらしい“苦味のあるリアリズム”が凝縮されている。
ギター1本とマットレスしか持たない男の部屋の描写は、“何も持たずに音楽だけを信じる者”の象徴であり、それが消えてしまったことへの哀悼が、歌の底流に漂う。
決して大仰な物語ではない。だがその静けさこそが、喪失のリアルさを際立たせている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Round Here by Counting Crows
都市の空虚さと喪失感を詩的に描いた、90年代オルタナの名バラード。 - Drive All Night by Bruce Springsteen
愛する人のためにすべてを投げ出す誠実さと孤独を描く、静かな長編ラブソング。 - Disintegration by The Cure
自己崩壊と喪失の詩を幻想的な音で包み込んだ、内省的ロックの金字塔。 - Against the Wind by Bob Seger
人生の旅と時間の残酷さを、優しくも力強く描いたアメリカン・ロック。 -
The Weight by The Band
都市と人との関係性を寓話的に描いた、アメリカン・ルーツ・ロックの金字塔。
6. “すれ違いの中に刻まれる、名前のない喪失”
「6th Avenue Heartache」は、顔も名前も知らない誰かとの“無言のつながり”が断ち切られたときに感じる痛み――それを、抑えた言葉と物憂げなメロディで描き出した傑作である。
語り手は、自分が何かを失ったことに気づいている。だがそれが何なのか、はっきりとは言葉にできない。
それでも、その喪失は確かに彼の中に“傷跡”として残っている。
この曲は、都市に生きる者が経験する“誰かの人生とすれ違ったまま別れていく”という現実に、静かに共感を寄せるバラードである。
そして、それでも歩き続けることしかできない私たちの背中に、そっと寄り添ってくれる1曲なのだ。
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