発売日: 1999年11月1日
ジャンル: ポップロック、ブルー・アイド・ソウル、スカ、ブリットポップ以後の伝統主義
概要
『Wonderful』は、Madnessがオリジナルメンバー全員で再集結し、14年ぶりに発表したスタジオ・アルバムであり、
**「時を経てもなお響く、労働者階級の良識と哀愁のポップ」**としての自負と風格がにじむ、感動的なカムバック作である。
解散、再結成、活動休止を経て、90年代末のUK音楽シーンではブリットポップが一段落し、
「普通の人々の歌」が再び求められつつあった。
その流れの中でMadnessは、過去の栄光を焼き直すのではなく、人生の年輪を刻んだ“今の自分たち”として戻ってきた。
音楽的にはスカや2トーン的要素は抑えられ、よりスムーズでメロディアスなポップ/ソウル志向が前面に出ており、
老成とユーモア、日常へのまなざしが洗練されたアレンジで包まれている。
それは「変わらぬMadness」ではない。
むしろ、「変わることでしかMadnessであり続けられなかった」バンドの誠実な姿なのだ。
全曲レビュー
1. Lovestruck
軽快なリズムと甘酸っぱいメロディに乗せて、中年の恋心と照れくささをユーモラスに描いた復活のヒットシングル。
Suggsの朴訥としたヴォーカルが柔らかく響き、サビのキャッチーさはまさに健在。
全英チャート10位を記録し、Madnessが“今でも通じるポップス”を作れることを証明した楽曲。
2. Johnny the Horse
アルバム中でもっともシリアスで重厚なナンバー。
精神を病んだホームレスの男「ジョニー」を描いたこの曲は、都市の片隅に追いやられた者の物語を、淡々と、だが確かな温度で伝える。
流麗なホーンと穏やかなストリングスが、“哀しみを責めない”というMadnessのまなざしを支えている。
3. The Communicator
コミュニケーションの断絶、もしくはすれ違いをテーマにしたアップテンポなトラック。
言葉がありふれていく社会の中で、**本当に伝えたいことは何か?**を問いかけるような詞が印象的。
2トーンの名残も感じさせるグルーヴが心地よい。
4. 4 am
その名の通り、早朝4時の静寂を舞台にした内省的なスロー・ナンバー。
「目覚めてしまった夜の中で、人生をふと思い返す」ような静けさと哀しみが漂う。
ポップというより、ポエトリー・ソウルのような趣きの深い1曲。
5. The Wizard
幻想的なコード進行とファンタジー的なリリックが交差する、子どもの視点を模した寓話的楽曲。
大人になったMadnessが、かつて自分たちが歌っていた“ナットティ・ボーイズ”の世界を遠くから見つめ直しているような構造。
アルバム中でも異色の存在だが、夢と現実をつなぐユーモアが光る。
6. Drip Fed Fred (feat. Ian Dury)
故イアン・デューリー(Ian Dury)をフィーチャーした重厚かつグルーヴィな名曲。
Fredという男のキャラクターを、SuggsとDuryが**“二人芝居”のように語り合う構成**が見事で、
ブリティッシュ・ポップの語り部2人の競演としても貴重。
人生の渋みと諧謔が交錯する、酒場のような音楽劇である。
7. Going to the Top
リズム・アンド・ブルース的なグルーヴと軽快なホーンに乗せて、野心と現実の狭間で揺れる人物像を描く。
タイトルに反して、どこか斜に構えた視点がMadnessらしい。
**「上へ行く」とは何なのか、それは幸せなのか──**そんな問いが潜む佳曲。
8. Elysium
エリュシオン──つまり“死者の安息の地”を指すこの楽曲は、人生の終わりを静かに受け入れるような美しさに満ちたミドルテンポのバラード。
“すべてを失っても、何かが残る”というメッセージが、ささやくように心に届く。
成熟したバンドだからこそ到達できた領域。
9. Never Knew Your Name
やや60s風の甘いラブソング。
「君の名前も知らなかったけど、忘れられない」というワンシーンを切り取ったような、儚く、繊細なポップス。
メロディと歌詞の抑制されたロマンチシズムが光る。
10. No Money
スカビートが顔を出す、少しコミカルで風刺的な曲。
生活の窮屈さやお金にまつわる情けなさを、ユーモアとリズムで吹き飛ばすようなアティチュードが気持ちいい。
一周まわって、昔のMadnessっぽさが戻ってきた瞬間でもある。
11. You’re Wonderful
タイトル曲にして、アルバムのラストを飾る感動的なラブソング。
静かな語りかけで始まり、徐々に展開されていく構成が見事。
“君は素晴らしい”という言葉が、過去と現在を生き延びてきた全ての人への讃歌のように響く。
バンドの成熟と温かさが、最後の一音まで染み渡る名ラストトラック。
総評
『Wonderful』は、Madnessが「ただ戻ってきた」だけの作品ではない。
それは、老いと喪失を受け入れたうえで、それでも歌と物語を続けようとする者たちの誠実な記録であり、
スカや2トーンのビートを“懐かしさ”に還元するのではなく、それらを構成する精神性を未来へと運ぶことに成功したアルバムである。
この作品には、派手さも、ヒステリックなメッセージもない。
だが、その静けさのなかに、日々を生きるという行為への慈しみと連帯が、しっかりと息づいている。
だからこそ『Wonderful』は、単なるカムバックではない──
“Madnessという生き方”の、ひとつの完成形なのである。
おすすめアルバム(5枚)
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Blur – The Magic Whip (2015)
再結成バンドによる“静かな熟成”の記録。都市と孤独、回想の構造に共鳴。 -
Paul Weller – Wild Wood (1993)
英国中年男性のソウルと再生を描いた名作。内省性と風景の共振。 -
Elvis Costello – Brutal Youth (1994)
成熟とエッジのバランスが秀逸な、カムバック作としての名盤。 -
The Beautiful South – Blue Is the Colour (1996)
日常とユーモア、哀しみと愛をポップに描く英国流叙情の真髄。 -
The Kinks – Phobia (1993)
円熟のロックバンドによる、社会と個を問い続けた静かな怒りの記録。
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