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発売日: 2020年6月26日
ジャンル: インディー・ロック、オルタナティブ・ポップ、フォーク、R&B
アルバム全体のレビュー
HAIM の3作目となる Women in Music Pt. III は、彼女たちのキャリアの中で最も実験的でありながら、最もパーソナルな作品である。前作 Something to Tell You(2017年)では洗練されたポップ・ロックを追求していたが、本作ではそれをさらに解体し、ジャンルの境界を曖昧にすることで、新たなサウンドを生み出している。
アルバムのプロデューサーには、前作に続きアリエル・レヒトシェイドとロスタム・バトマングリ(元 Vampire Weekend)が参加。さらに、ダニエル・ハイム自身もプロデュースに深く関わり、バンドの内側から生まれた音楽をより強く反映した作品となっている。
タイトル Women in Music Pt. III は、音楽業界における女性アーティストの立場に対するアイロニカルな視点を込めて名付けられたものだ。音楽業界では、女性アーティストはしばしば「女性版○○」と形容され、男性アーティストと比較されがちだが、HAIM は本作を通じて「私たちはただの ‘Women in Music’ ではなく、アーティストそのものだ」と力強く主張している。
また、本作ではメンバーが経験した個人的な苦悩が色濃く反映されている。ダニエルは長年付き合っていた恋人の病気と向き合い、エステは1型糖尿病と闘い、アラナは友人の死を乗り越えようとしていた。そうした現実が、これまでの作品よりも直接的に歌詞に投影されており、聴く者の心に強く訴えかける。
サウンド面では、ジャズ、フォーク、ヒップホップ、エレクトロニカなど、多様な要素を取り入れている。特に、アルバムのオープニングを飾る “Los Angeles” では、サックスの響きを加えたジャズ風のアレンジが新鮮で、これまでの HAIM のイメージを覆すものとなっている。
それでは、各トラックを詳しく見ていこう。
トラックごとのレビュー
1. Los Angeles
アルバムの幕開けを飾るこの曲は、サックスの響きが印象的なジャジーなナンバー。LA を愛しながらも、時には嫌気がさすという矛盾した感情を歌っており、「I’m over this city / But I can’t leave it」というフレーズがその葛藤を象徴している。HAIM の新たな音楽的アプローチを象徴するような楽曲で、アルバム全体の雰囲気を決定づける。
2. The Steps
このアルバムの核となる楽曲の一つ。ガレージ・ロック風のザラついたギターリフが印象的で、HAIM 史上最もロック色の強いトラックだ。歌詞では「私は私のやり方で生きる」という強い意志が表現されており、従来のポップなHAIM のイメージを打ち破るような攻撃的なエネルギーが感じられる。
3. I Know Alone
ミニマルなビートとエレクトロニックなアレンジが特徴の楽曲で、パンデミック時代の孤独感を象徴するような歌詞が印象的。「Days get slow like counting cell towers on the road」というラインが、孤独なドライブの景色を鮮やかに描写している。
4. Up From A Dream
レトロなギターリフと歪んだボーカルが特徴的で、グランジやオルタナティブ・ロックの影響を感じる楽曲。夢から目覚め、現実に直面する瞬間の不安や恐怖を描いた歌詞が、荒々しいサウンドと絶妙にマッチしている。
5. Gasoline
スローテンポでムーディーなバラード。シンプルながらも情熱的な歌詞が特徴的で、「You took me back, but you shouldn’t have / Now it’s your fault if I mess up」というラインに、恋愛のもどかしさが凝縮されている。後に Taylor Swift をフィーチャリングしたリミックスバージョンもリリースされた。
6. 3 AM
90年代のR&Bを彷彿とさせるトラックで、カジュアルな電話越しの会話のような歌詞がユニーク。軽快なグルーヴと遊び心のあるサウンドが魅力的な楽曲だ。
アルバムの意義と影響
本作はリリース直後から批評家から絶賛され、HAIM にとって最大の評価を得たアルバムとなった。Pitchfork は「彼女たちの最も大胆で、最も優れた作品」と評し、NME は「現代のポップ・ロックの頂点」と絶賛した。
また、2021年のグラミー賞では「アルバム・オブ・ザ・イヤー」にノミネートされ、HAIM は女性バンドとしてこの部門にノミネートされた史上初のグループとなった。
アルバム総評
Women in Music Pt. III は、HAIM のキャリアにおいて最も重要な作品のひとつであり、彼女たちの音楽的な進化を明確に示したアルバムである。ジャンルの枠にとらわれず、パーソナルな感情を赤裸々に表現しながら、独自のスタイルを確立した。即効性のあるキャッチーなポップソングではなく、聴けば聴くほど深みが増す作品であり、まさに「2020年代の名盤」と呼ぶにふさわしい。
このアルバムが好きな人におすすめの5枚
- Vampire Weekend – Father of the Bride
ロスタム・バトマングリが関与している点で共通し、実験的で多彩なサウンドが魅力的。 - Phoebe Bridgers – Punisher
内省的な歌詞と繊細なメロディが、HAIM のムーディーな楽曲と共鳴する。 - Fleetwood Mac – Tusk
フォーク、ロック、ポップをミックスした実験的な作品で、HAIM の音楽性に大きな影響を与えた。 - Taylor Swift – Evermore
フォークやオルタナティブの要素が強く、”Gasoline” のリミックスコラボもある。 - Tame Impala – The Slow Rush
ジャンルを超えた音作りと、夢幻的なサウンドが HAIM の実験的な一面とリンクする。
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