1. 歌詞の概要
「When a Blind Man Cries(ホエン・ア・ブラインド・マン・クライズ)」は、ディープ・パープルが1972年に名盤『Machine Head』のセッション中に録音し、同作のB面曲としてひっそりと発表されたバラードである。リッチー・ブラックモアの繊細なギターとイアン・ギランの情念に満ちたヴォーカルが静かに共鳴し合い、ディープ・パープルの激烈なイメージとは対極にある、“深い哀しみの風景”を描いた作品として高く評価されている。
この曲の核心は、タイトルにある「盲目の男が泣く時」という比喩にある。視覚を持たぬ者が涙を流す――それは、肉眼では見えない“内面の絶望”や“魂の苦しみ”を象徴する詩的な言い回しであり、「目に見えぬ哀しみ」がいかに深く、普遍的であるかを静かに、しかし強烈に訴えかけてくる。
語り手は、何か大きなものを失った後の喪失感と向き合っている。恋人や友、あるいはかつての自分自身。それらを喪ったあと、彼はもはや“見る”ことすら許されず、ただ世界の中で彷徨い続ける。“もし盲目の男が涙を流すとしたら、それはきっと、並外れた痛みのしるしだ”――そんな仮定が、リスナーの心に深く突き刺さる。
2. 歌詞のバックグラウンド
「When a Blind Man Cries」は、1972年に発表されたシングル「Never Before」のB面として初めて世に出た。当時のアルバム『Machine Head』には収録されなかったが、のちにその抒情性と演奏の美しさから評価が高まり、再発盤やライヴ・セットで再評価されていくことになる。
この曲は、『Machine Head』の録音中に負傷していたギランが一部の曲で歌うことが困難だった時期に制作されたとされており、その静かなトーンは“ノイズを排した純粋な感情の発露”として、バンドにとっても特別な位置を占めている。
特筆すべきは、リッチー・ブラックモアのギターの表現力である。ディストーションを排し、ブルージーで滑らかなトーンで奏でられるリードギターは、まるで“涙を流す声”のように響き、言葉以上に深い感情を伝えてくる。
この楽曲はリリース当時のツアーではあまり演奏されなかったが、後年になって他のメンバーたち――とりわけスティーヴ・モーズ参加後のディープ・パープルでは頻繁に演奏されるようになり、観客とバンドとの“静かな対話”の場として愛されている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
If you’re leaving, close the door
I’m not expecting people anymore
君が出ていくなら、ドアを閉めてくれ
もう誰も来ることはないと、思っているんだ
Hear me grieving, lying on the floor
Whether I’m drunk or dead I really ain’t too sure
僕のうめきを聞いてほしい
床に倒れ込んでいるこの姿
酔っているのか、死にかけているのか――もう自分でもよくわからない
I’m a blind man, I’m a blind man
And my world is pale
When a blind man cries, Lord, you know
There ain’t a sadder tale
僕は盲目の男――そう、世界は色を失っている
盲目の男が泣くとき――神よ、それ以上に哀しい物語なんてあるだろうか
引用元:Genius Lyrics – Deep Purple “When a Blind Man Cries”
ごく少ない言葉で綴られたこの詩は、喪失の瞬間の“静けさ”そのものを映している。語り手は、誰にも見えない場所で、ただ黙って涙を流す――その姿を想像することで、リスナーの心にも静かな痛みが広がっていく。
4. 歌詞の考察
「When a Blind Man Cries」は、ディープ・パープルの楽曲の中でも最も内省的で繊細な一曲であり、“見ることができない”ことを通して、“感じることの深さ”を伝える作品である。
この楽曲の語り手は、視覚を持たないがゆえに、むしろ世界の“見えない部分”に最も敏感になっている。彼が語るのは、音、気配、喪失、心のざわめきといった、視覚を超えた世界であり、その静けさの中には鋭い絶望と諦念がある。
「Whether I’m drunk or dead I really ain’t too sure(酔っているのか死にかけているのか、もうわからない)」というラインは、現実と無意識の境界すら曖昧になった状態を示し、もはや感情の“底”に到達した者だけがたどり着く領域を描いている。
そして、「盲目の男が泣くとき、それ以上に哀しい話などない」というサビの一節は、個人的な悲しみを超えて、“人間の普遍的な哀しみ”そのものを暗示する。盲目の男とは、他者の痛みに気づけない我々自身の投影でもあるのかもしれない。
ディープ・パープルの豪快なロックのイメージからは離れたこの曲において、彼らは「静けさの中に潜む本当の激しさ」を提示した。それは怒りでも激情でもなく、“何も言えないくらいの哀しみ”という、一段階深い感情の領域なのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Soldier of Fortune by Deep Purple
静かで叙情的なバラード。流浪の人生と孤独を、柔らかな旋律で歌い上げる。 - Angie by The Rolling Stones
恋の終わりと再生の予感を、美しいアコースティックサウンドにのせた名バラード。 - Love Reign O’er Me by The Who
内面の葛藤と浄化を激しさと繊細さで描いた、壮大なロック叙事詩。 - Bridge of Sighs by Robin Trower
ブルージーで幽玄なギターが語る、沈黙の中の感情のうねり。
6. “静かに涙を流す者たちのために”
「When a Blind Man Cries」は、ディープ・パープルというバンドの“影”の部分を照らし出すような、非常に個人的で人間的な楽曲である。
それはアンセムではなく、誰かの片隅で流される涙のような存在だ。
しかし、その涙が“盲目の男のもの”であるならば、私たちはより深く――目には見えない何かを感じ取らねばならない。
見えないからこそ、響くものがある。
言葉にできない哀しみ、声にならない孤独。
「When a Blind Man Cries」は、そんな感情にそっと寄り添い、沈黙のなかで心を震わせる。
ディープ・パープルが残したこのバラードは、“最も静かな叫び”として、
今も変わらず多くの魂を慰め続けている。
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