発売日: 2022年6月3日
ジャンル: インディーポップ、エレクトロニカ
概要
『What You May Find』は、Arctic Lakeが2022年に発表したインディーポップ／エレクトロニカの重要作であり、繊細な感情表現と洗練されたサウンドプロダクションを特徴としている。
本作は、ロンドンを拠点とするエマ・フォスターとポール・ホリーズによるデュオ、Arctic Lakeが、これまで培ってきた静謐で内省的な音世界をさらに深化させた作品である。
バンドは2014年の結成以来、ミニマルなサウンドとエモーショナルなボーカルで注目を集め、幾つかのEPやシングルで着実にファンベースを築いてきた。
『What You May Find』は、彼らにとって初の本格的な長編アルバムとなり、キャリアの転機となる作品だと言えるだろう。
音楽的には、ドリーミーなエレクトロニカと繊細なポップを融合。
ポストJames Blake以降の静謐系エレクトロポップの流れを汲みつつ、より温かみのある質感をまとっているのが特徴である。
ジャンルの文脈では、The Japanese House、Oh Wonder、London Grammarなどに通じるが、Arctic Lake独自の「静けさの中の情熱」が際立っている。
また、アルバムは愛、喪失、希望、再生といった普遍的なテーマを内省的に描き、パンデミック以降の世界に寄り添うような優しさを湛えている。
こうした背景からも、本作はリスナーにとって深い共鳴を呼び起こす一作となったのである。
全曲レビュー
1. Lonely
穏やかなピアノとパッドに支えられた静かな幕開け。
「孤独」を肯定するようなリリックが印象的であり、アルバム全体の内省的なトーンを提示する。
2. Breathe
呼吸のリズムを思わせるビートと、柔らかなボーカルレイヤーが絡む。
自己回復をテーマに据えた歌詞が、現代に生きるリスナーに優しく寄り添う。
3. Are You Okay?
アルバムの中でも特にダイレクトなタイトルが示す通り、心配と共感をテーマに据える。
ミニマルなギターリフと控えめなビートが、親密な空気感を作り出している。
4. Forgetting
別れと記憶の曖昧さをテーマにしたナンバー。
低温なサウンドスケープが、失われた時間へのほのかな郷愁を漂わせる。
5. Coming Down
ビートが強めに入ることで、アルバムの流れに緩やかな起伏をもたらす。
感情の「落下」を描写するリリックが、サウンドと絶妙にリンクしている。
6. Hold On
希望と忍耐をテーマに据えた、静かだが力強い楽曲。
シンセパッドと控えめなドラムが、夜明けを待つような静かな高揚感を演出する。
7. Silver Pendant
ビジュアル的な歌詞が光る楽曲。
「銀のペンダント」というモチーフが、記憶や失われた愛を象徴しているのが印象深い。
8. What You May Find
表題曲にしてアルバムの核心。
未知の感情に踏み込むことへの不安と期待が交錯するリリックが、柔らかなサウンドに乗せられて響く。
9. Blue Monday
タイトルからNew Orderの曲を想起させるが、内容は全く異なる。
自己喪失と感情の空白をテーマにした、透明感あふれるバラードである。
10. Long Distance
遠距離恋愛をテーマにした楽曲。
緩やかなビートと淡いシンセが、会えない時間の儚さと切なさを美しく表現している。
総評
『What You May Find』は、静謐でありながらも力強い、感情の深層を描いたアルバムである。
音数を抑えたアレンジとエマ・フォスターの透明なボーカルは、聴く者をそっと包み込み、アルバム全体を通して一貫した静かなテンションを保っている。
また、アルバムの楽曲はそれぞれが独立した物語を持ちつつ、集合体として聴くことでより大きな感情の流れを形成しているのが印象的だ。
特に「孤独」「希望」「再生」というテーマが、コロナ禍を経たリスナーの心に自然に馴染むよう構成されており、時代性を強く感じさせる。
この作品は、喧騒を離れ、自らの内面と静かに向き合いたいすべてのリスナーにおすすめしたい。
また、The Japanese HouseやLondon Grammarといった静的なエレクトロポップが好きなリスナーには、間違いなく響く作品であるだろう。
おすすめアルバム（5枚）
- The Japanese House『Good at Falling』
透明感とエモーショナルな内省性を共有する作品。 - London Grammar『If You Wait』
深いメランコリーと美しいサウンドスケープが重なる。 - Oh Wonder『Oh Wonder』
ミニマルなアレンジとデュオボーカルの親密さが通じる。 - Aquilo『Silhouettes』
静謐なエレクトロニカと繊細な感情表現が近しい。 - Daughter『Not to Disappear』
暗くも温かな内省の世界を描く、感情豊かな一作。
制作の裏側（Behind the Scenes）
本作のレコーディングは、ロンドンのプライベートスタジオで行われた。
コロナ禍の影響でセッションの多くはリモートにより進められ、エマとポールはそれぞれ自宅スタジオを駆使してデモを作成し、少人数体制で完成にこぎつけたという。
使用機材には、アナログシンセ（特にRoland Juno-106）や、自然なリバーブを活かすためのルームマイク録音が多用されており、これが本作特有の「空気を含んだ静けさ」を生み出している。
また、アコースティックギターやグランドピアノなど、オーガニックな音源も随所に取り入れられ、デジタルとアナログの絶妙なバランス感覚が本作の魅力を支えているのである。
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