発売日: 1995年5月2日（スウェーデン）
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、ビッグビート、ダンス・ロック、ポップ・ノイズ
概要
『We Care』は、スウェーデン発の異色ユニット Whale（ホエール） のデビュー・アルバムであり、
1995年に発表されたこの作品は、**グランジ後のカオスとデジタル黎明期のポップ感覚が奇跡的に交差した“90年代ミュータント・ポップの金字塔”**とされる。
メンバーは、セシリア・ノードランド（Vo）、ヘンリク・シェフルト（元Fireside）、ゴラン・ハリルという構成で、
元々はジョーク的なスタジオ・セッションから始まったが、
デビューシングル「Hobo Humpin’ Slobo Babe」が突如MTVでバズを巻き起こし、
“ラウドでガーリーでノイジーで踊れる”という当時の音楽的潮流をひとつにまとめたキラートラックとして一躍脚光を浴びた。
『We Care』は、その「Hobo〜」の衝撃を受け止めつつ、
ノイズ／ビート／ポップ／シュールなユーモアが混然一体となったカラフルな爆音の万華鏡のような作品であり、
ビョークの先鋭性、Beckのジャンル横断性、Elasticaのギャル的アティチュードを合わせ持った、極めてユニークな存在感を放っている。
全曲レビュー
1. Kickin’
グリッチ混じりのビートに金切り声とヘヴィギターが重なるカオティックなオープニング。
“蹴りを入れて始めよう”という宣言通り、暴力性とポップが共存する90s流のカッティングエッジ。
2. I’ll Do Ya
ファンキーなベースラインに導かれる、セクシャルで攻撃的な一曲。
歌詞はほぼ煽りと挑発だが、ビートとノイズの絡みが中毒性を高めている。まさに“踊れる戦闘曲”。
3. Eurodog
ヨーロッパの犬。タイトルの時点で謎めいているが、ヨーロッパ的アイデンティティと狂騒のミックスを具現化したような曲。
サンプリングの使い方が非常に前衛的で、後のエレクトロクラッシュの源流とも言える。
4. Tryzasnice
ノイジーながらメロウなメロディが浮かぶポップ・ソング。
“Try as nice”＝“いい子ぶっても無駄”というアンチ・セルフヘルプ的テーマが炸裂。
Whaleにしては珍しくエモーショナルな陰影がある一曲。
5. Hobo Humpin’ Slobo Babe
言わずと知れた代表曲にして問題作。
タイトルも歌詞も意味不明だが、音のエネルギーと勢いだけで世界を制圧する無敵のアンセム。
ラウドなギター、ヒップホップ的フロウ、脱力ボーカル、過剰なコーラス——すべてが混沌としていて最高。
6. Young & Dumb
グランジとポップの中間点を突くようなサウンド。
“若くてバカ”を肯定する、90年代カルチャーの反知性と享楽を象徴したナンバー。
7. Thinkin’ About It
意外にもスロウなテンポで始まる中盤のクールダウン。
内省的なリリックとトリップホップ的なサウンドが絡み、Portisheadのような冷たさも感じられる。
8. Happy in You
ドリーミーなシンセとざらついたビートが特徴的な中毒ソング。
“あなたの中で幸せ”という言葉に、セクシャルなニュアンスと精神的依存の両面が絡む。
9. Pay for Me
ユーモアのあるラップと叫びの間で揺れるアグレッシブな楽曲。
パンク的な反骨心とキャッチーなメロディのせめぎ合いが光る。
10. Smoke
サイケなギターとヘヴィビートでアルバム終盤に重厚さを与える一曲。
音の密度とテンションが異様に高く、まさに“煙に巻かれる”ような混乱と高揚が味わえる。
11. Born to Raise Hell
アルバムの最後を飾るノイジーなカタルシス。
“地獄を引き起こすために生まれてきた”という、Whaleの存在理由そのものを叫ぶようなエンディング。
総評
『We Care』は、90年代半ばに突如現れたWhaleというバンドの**唯一無二の美学と破壊力を記録した“事故のような名盤”**である。
サウンドはビッグビート、グランジ、パンク、ヒップホップ、エレクトロ、ポップ——あらゆる要素を詰め込んだミクスチャー。
しかしそれを成立させているのは、セシリアのキュートでヒステリックなボーカルと、徹底したバカ騒ぎの美学である。
冷笑でも、批評でもない。ただ爆音で踊り、叫び、笑い、殴り合って抱きしめる——
そんな90年代の熱と軽さを、見事に封じ込めた一枚なのだ。
ジャンルをまたぐごとに変化する音のテクスチャと、あえて意味不明な言葉遊びの連続。
それが逆に、ポップというジャンルが持ちうる“自由”を最大限に体現している。
おすすめアルバム
- Republica『Republica』
ラウドでダンサブルな女性ヴォーカル・ロックの代表格。 - Elastica『Elastica』
ポストパンクとブリットポップの間で揺れるラフさが共通。 - Beck『Odelay』
ジャンルを越境する雑食性とユーモアのセンスが近い。 - Garbage『Version 2.0』
グランジとエレクトロを繋げた女性主導のハイブリッド・ポップ。 -
Cibo Matto『Viva! La Woman』
日本語英語混じりの実験ポップ。奇抜さと可愛さの同居が似ている。
ファンや評論家の反応
『We Care』は当時、MTVを中心に欧米でカルト的ヒットを記録し、特に「Hobo Humpin’ Slobo Babe」は90年代MTV黄金期の象徴的楽曲として語り継がれている。
その突き抜けた自由さとふざけたセンスは一部批評家には“ナンセンス”と切り捨てられたが、
逆にそれが時代の息苦しさに対するカウンターとして機能し、オルタナティヴ文化の懐の深さを示したとも言える。
『We Care』は、ノイズと愛嬌のあいだで踊るポップの怪物。
一度ハマったら抜け出せない、最高にカラフルで乱暴な青春のスナップショットである。
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