1. 歌詞の概要
「Up on Cripple Creek(アップ・オン・クリップル・クリーク)」は、The Bandが1969年に発表したセカンド・アルバム『The Band』に収録された楽曲で、彼らの代名詞ともいえる“アメリカーナ”のエッセンスを凝縮した一曲である。リードボーカルはドラマーのリヴォン・ヘルムが務め、カントリー、ブルース、ファンク、フォークなどの音楽的要素が自在に融合されたこの作品は、架空のアメリカ南部の風景と、そこに生きる庶民たちの人生模様をユーモアと温かさで描いている。
歌詞の主人公はトラック運転手らしき男で、旅の途中で「クリップル・クリーク(架空の地名)」に立ち寄り、恋人の「ビッシー(Bessie)」と再会する。物語はとてもシンプルでありながら、細やかな心理描写と日常的なスラングが織り交ぜられ、まるで短編映画のように生き生きとした人物像と情景が浮かび上がる。
酒と女と音楽、そして束の間の幸福。大それた希望や壮大な物語ではなく、アメリカ南部の庶民的な情景の中で「ちょっとした喜び」に心を預ける主人公の姿が、飾らず自然体で描かれている。その軽妙な語り口と軽快なグルーヴは、The Bandの魅力を象徴する代表作といえる。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Up on Cripple Creek」は、バンドのギタリスト兼ソングライターであるロビー・ロバートソンが作詞作曲した楽曲であり、バンドの中でも特にファンキーで遊び心にあふれたナンバーである。録音には、当時としては珍しいエフェクトを取り入れたクラビネット(Hohner Clavinet D6)にワウペダルを通した独特なサウンドが用いられており、キーボーディストのガース・ハドソンによるこのサウンドが曲全体の“跳ねるような浮遊感”を演出している。
歌詞の中に登場する「Cripple Creek」は、実在する地名(コロラド州やバージニア州などに存在)が複数あるが、本作においては特定の場所ではなく、どこにでもあるような“町外れの田舎町”の象徴として描かれている。また、「ビッシー(Bessie)」というキャラクターも具体的な人物ではなく、日常と旅路の狭間で主人公を支える“情”の象徴として描かれている。
この時期のThe Bandは、カナダ出身でありながらアメリカのルーツ音楽を深く掘り下げており、彼らの音楽にはアメリカ南部のフォークロアやゴスペル、カントリーの風景が色濃く刻まれている。とりわけ「Up on Cripple Creek」は、そうした“土地に根ざした物語性”が音楽と完璧に融合した作品として、アメリカーナの金字塔と称されることも多い。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Up on Cripple Creek」の印象的なリリックを抜粋し、日本語訳を添えて紹介する。
引用元:Genius Lyrics – Up on Cripple Creek
“When I get off of this mountain / You know where I wanna go?”
この山を降りたら、どこに行きたいと思う?
“Straight down the Mississippi River / To the Gulf of Mexico”
ミシシッピ川をまっすぐ下って、メキシコ湾まで行きたいんだ。
“To Lake Charles, Louisiana / Little Bessie girl I once knew”
ルイジアナ州レイクチャールズにね。ビッシーって娘がいるんだ、昔から知ってる。
“She told me just to come on by / If there’s anything that she could do”
「何かあったら、いつでもおいで」って言ってくれたんだ。
“Up on Cripple Creek, she sends me / If I spring a leak, she mends me”
クリップル・クリークに行けば、彼女が元気をくれる。もし漏れたら、彼女が塞いでくれる。
“I don’t have to speak, she defends me / A drunkard’s dream if I ever did see one”
言葉はいらない、彼女は俺をかばってくれる。まるで飲んだくれの夢みたいな女さ。
このように、ビッシーという存在は単なる恋人ではなく、旅人にとっての“居場所”や“救済”の象徴でもある。泥臭く、欲望まみれの生活の中にあって、彼女の存在はまさに“人間的な癒し”として機能している。
4. 歌詞の考察
「Up on Cripple Creek」の歌詞は、主人公のひとり語りとして構成されており、会話文やスラングが多用されている点で極めて“アメリカ口語的”なスタイルをとっている。これはまさに南部の古典的なストーリーテリングの手法であり、The Bandはそれを音楽として自然に体現している。
主人公は、労働や旅で疲れ果てた末に、束の間の休息と女性のやさしさに癒される。その描写にはロマンティシズムよりも“現実的な感傷”が漂っており、善悪や高尚さを超えた“庶民の真実”が描かれているのが魅力である。
さらに、「Up on Cripple Creek」というフレーズ自体には、どこか“浮世離れした逃避場所”としての象徴性も感じられる。現実に疲れた男が、ある時間だけでも“戻れる場所”としてのビッシーとクリップル・クリークが存在している。彼女が差し出す酒や料理、やさしさ、無条件の受容。それはアメリカにおける“スピリチュアルな拠点”としての女性像の変奏とも捉えられる。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “The Night They Drove Old Dixie Down” by The Band
南部の歴史と誇り、そして失意を描いた名曲。The Bandの代表作。 - “Willin’” by Little Feat
トラックドライバーの人生と旅の詩情を描いたルーツ・ロックの傑作。 - “Take It Easy” by Eagles
旅と恋、自由と疲れを軽快に描いたアメリカン・ロック。 - “Friend of the Devil” by Grateful Dead
逃亡者の視点で語られる、アメリカ西部を舞台にした物語性豊かなフォークロック。 -
“Lodi” by Creedence Clearwater Revival
夢破れたミュージシャンの孤独と敗北を描いたシンプルな叙情詩。
6. “庶民のブルース”としてのロック:The Bandが描くアメリカ的詩情
「Up on Cripple Creek」は、アメリカという国の“日常”に根ざした、庶民的でちょっと滑稽で、でもどこか美しい風景を描いた傑作である。特別な英雄もいなければ、世界を救うような使命もない。ただ、トラックドライバーが町外れで恋人に会い、酒を飲み、笑って、そしてまた旅に出る——そんな日常の断片にこそ、人生の真実があるとThe Bandは歌っている。
この曲が今なお愛され続けるのは、アメリカーナという音楽が単なる“ジャンル”ではなく、“感情”や“記憶”の総体であることを、この曲が完璧に体現しているからだ。軽やかなグルーヴ、風景が見えるような語り、そして何よりも“人間らしさ”に満ちた視点。それこそが、「Up on Cripple Creek」が時代を超えて響き続ける理由なのである。
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