
発売日: 1988年5月23日
ジャンル: ハードロック、グラムロック、ポップ・ロック
概要
『Up Your Alley』は、Joan Jett & The Blackheartsが1988年にリリースした6作目のスタジオ・アルバムであり、80年代末における“本格的カムバック”を告げる作品としてロック史に刻まれている。
前作『Good Music』(1986)が実験的でポップなアプローチを模索していたのに対し、本作は原点回帰的なロックンロールへの情熱をよりストレートに、しかも当時の商業ロックと接続可能な洗練されたサウンドで再提示している。
最大のヒットとなった「I Hate Myself for Loving You」は、Joan Jettの代表曲として世界中で愛され、また元Rolling Stonesのミック・テイラーの後任として知られるミック・ロンソン(David Bowieのサイドマン)や、元Led Zeppelinのジョン・ボーナムの息子ジェイソン・ボーナムも参加するなど、制作陣も極めて豪華。
このアルバムは、Joan Jettが単なる80年代の女性ロックアイコンではなく、時代をまたいでアップデートされ続ける“ロックンロールの使者”であることを決定づけた重要作である。
全曲レビュー
1. I Hate Myself for Loving You
Joan Jett最大のヒット曲にして、ハードロックとキャッチーなメロディの究極的融合。
恋に落ちて自分を嫌いになるというタイトルの矛盾が、Joanの“強さと脆さ”を同時に描き出す。
元Led Zeppelinのジェイソン・ボーナムによる重厚なドラムが、楽曲に異常なまでの推進力を与えている。
この曲一つで『Up Your Alley』の存在意義が証明される。
2. Ridin’ with James Dean
ロックンロールの永遠の象徴=ジェームズ・ディーンへのトリビュート。
Joan自身のアウトサイダー精神と偶像への親和性が交差し、ロックのロマンティズムが極めて美しく表現されている。
キャッチーなメロディと疾走感により、アルバムの勢いをさらに加速。
3. Little Liar
Joan Jettのディスコグラフィの中でも特異な存在感を放つバラード。
嘘をつく恋人への痛烈な非難と、捨てきれない感情が共存し、感情の揺れ動きを繊細かつドラマティックに描く。
ミッドテンポのメロディとサビでの開放感が、失恋ロックの名曲としての完成度を誇る。
4. Tulane
Chuck Berryのカバー曲であり、オリジナルのロックンロールをJoan流に再解釈。
シンプルなコード進行と跳ねるようなリズムは、原点回帰のスピリットとパーティロックの精神を併せ持つ。
Joanのガレージロック志向が色濃く反映されている佳作。
5. I Wanna Be Your Dog
Iggy & The Stoogesの衝撃的なパンク・クラシックをカバー。
Joanの声に置き換わることで、性的サブミッションの倒錯性が逆転し、むしろ“女性による支配性の提示”として機能している。
生々しく、暴力的で、異様にセクシー──彼女のアート志向と挑発精神が炸裂する1曲。
6. I Still Dream About You
感傷的なメロディと、Joanのどこか諦めたようなトーンが胸に迫るバラード。
夢に見るほどの愛というテーマが、甘さとほろ苦さを兼ね備えた80年代的ロックバラードとして機能。
スタジオ・プロダクションも緻密で、Joanの“ロックの声”としての演技力が光る。
7. You Want In, I Want Out
人間関係におけるすれ違いと、自立の選択をクールに歌い上げたミッドテンポ・ロック。
Joanの歌い方は終始冷静であり、恋愛から離脱する側の視点が、彼女らしい孤高の美学を感じさせる。
サウンドもタイトで、硬派な魅力が詰まった1曲。
8. Just Like in the Movies
ハリウッド的な恋愛に憧れる気持ちと、その虚構性を見抜く冷静さが同居。
Joanが映画の中の主人公になりきるのではなく、**その脚本に疑問を呈する“現実主義者のロック”**として成立しているのが面白い。
ギターリフのユニークさとポップな構成も耳に残る。
9. Desire
タイトル通り、欲望と情熱をダイレクトに描いたハード・ロックナンバー。
Joanのしゃがれた声とハンマーのようなリズム隊が、快楽と不安、征服と被支配の緊張感を同時に鳴らす。
アルバム後半におけるエンジン再始動的な勢いを持つ。
10. Back It Up
アルバムで最もライブ感のあるスピード・ナンバー。
Joan Jett & The Blackheartsのバンドとしての強みが炸裂する1曲で、バッキングのタイトさと即興的なエネルギーが支配する。
観客とのコール&レスポンスが自然と想像できる、ライブ映え必至の1曲。
11. Play That Song Again
Joanらしいロックンロール愛が詰まったクロージング・トラック。
“あの曲をもう一度かけてくれ”というシンプルなリクエストに、音楽への愛、過去の記憶、そしてロックの魔法が宿る。
ラストにして最も素直で、温かく、Joan Jettという人間がふと見せる柔らかさが印象に残る。
総評
『Up Your Alley』は、Joan Jettが商業的成功とアーティストとしての誇りの両立を達成した数少ないアルバムの一つである。
「I Hate Myself for Loving You」という特大のシングルヒットにより広く認知されつつも、アルバム全体としては原点回帰と更新の両立に成功しており、ハードなロックからバラード、そしてカバーに至るまで、Joanの幅広い表現力が見事に統一されている。
80年代末という音楽的転換期において、Joan Jettはトレンドに迎合することなく、自分の信じるロックンロールを時代の音でアップデートし続ける稀有な存在だった。
本作はその証明であり、ロックが好きなすべての人に“Play That Song Again”とリクエストしたくなるような一枚である。
おすすめアルバム(5枚)
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Lita Ford – Lita (1988)
Joanの元バンドメイトによる同年のヒット作。ハードロックに女性の声を叩き込んだ傑作。 -
Heart – Bad Animals (1987)
80sアリーナ・ロック×女性ヴォーカルの美学を体現。パワーバラードとの接点も強い。 -
Pat Benatar – Wide Awake in Dreamland (1988)
同じ年にリリースされた女性ロッカーの力作。社会性とメロディが両立。 -
The Bangles – Everything (1988)
ポップとロックの境界を揺さぶる女性バンドの成熟作。Joanとの対照が面白い。 -
Cher – Heart of Stone (1989)
ロック回帰を果たしたCherの代表作。Joanと同じく“年齢も性別も超えたロックの証明”。
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