発売日: 2004年6月7日
ジャンル: アコースティック・ポップ、フォーク、アンチ・フォーク、ポリティカル・シンガーソングライター
概要
『Un』は、チャンバワンバが2004年に発表した11作目のスタジオ・アルバムであり、
彼らのキャリアの中でも最も“静かな音で最も強く語った”政治的作品として際立つ重要作である。
タイトルの「Un」は、Un-American、Unpopular、Unseen、Unknown、Unheardなどの否定接頭辞に由来しており、
アルバム全体が**“支配されない／見えない／聞かれない／知られていない者たちの声”**に捧げられている。
『Tubthumper』の大成功と『WYSIWYG』『Readymades』を経て、
チャンバワンバはここでついにフルアコースティック路線に移行。
バンド編成からコーラス重視のアンサンブルへと構成を変え、民謡・バラッド・室内楽的なアレンジを基盤に、
より内省的で詩的な“対話のための音楽”を追求した。
その語り口は柔らかく、歌詞は文学的。だがその主題は、
戦争、難民、労働搾取、文化盗用、権威への反抗と、相変わらず鋭い。
この対比こそが、『Un』の強さであり、チャンバワンバ最終章の美学なのだ。
全曲レビュー
1. The Wizard of Menlo Park
発明王トーマス・エジソンを皮肉るオープニング。
“録音された音が真実か？”という問いを、軽快なコーラスで投げかける。音と権力をめぐる寓話。
2. Just Desserts
企業と貧困の関係性を童話調に描いた一曲。甘いメロディの裏に、冷たい経済批判が潜む。
3. On eBay
物の消費が記憶や文化を切り売りしていく様を、ユーモアたっぷりに描く名曲。
“すべてがオークション化される社会”の風刺。
4. Everything You Know Is Wrong
パーラメント風のタイトルに反して、静かな怒りに満ちたアコースティック・ナンバー。
“信じ込まされた常識”を崩しにかかる、哲学的な一曲。
5. Be With You
唯一純粋に個人的なラブソングのようでいて、
“共にある”ことの政治性もにじむ、優しさに満ちた小品。
6. When Fine Society Sits Down to Dine
階級社会と“テーブルの上と下”をめぐる風刺ソング。美しい三拍子の中に、不公平さが描かれる。
7. A Man Walks Into a Bar, Pt. 2
『Readymades』の同名曲の続編的内容。バーで交わされる何気ない会話が、社会の不安を象徴する形で繰り返される。
8. Buy Nothing Day
反消費主義のキャンペーンを題材にした曲。ウィスパー・ヴォイスとミニマルな伴奏が、逆に強い印象を残す。
9. Following You
監視社会批判の再録。誰かに常に“見られている”という感覚を、幽玄なハーモニーで表現。
10. Freedom Is a Voice
“声をあげることこそが自由である”という信念を詩のように紡ぐ。チャンバワンバ哲学の凝縮。
11. The Land of Do What You’re Told
従順さへの風刺。子ども向け童謡のような構成が、“支配の教育”を逆説的に暴く。
12. Don’t Pass Go
何度も再録されたこのトラックは、アルバムの中で最もメッセージ色が濃い。
モノポリー的な不条理に抗う知的なポップチューン。
13. This is the Voice
終曲。静かにフェードアウトするなかで、“これは声です”と繰り返す。
誰の声か？なぜ届かないのか？そんな問いを残して幕を閉じる。
総評
『Un』は、チャンバワンバという存在そのものを、極限までそぎ落とした音の彫刻である。
そこにあるのは、怒鳴り声でも、スタジアム・アンセムでもない。
むしろ囁き、笑い声、会話、沈黙、そして伝えることへの執念である。
この作品は、ポップ・チャートで闘った者たちが辿り着いた、音楽による“市民詩学”の境地だ。
歌われるのは権力ではなく、見えない隣人の声。
映されるのは英雄ではなく、名前も知られない無数の生活者たち。
『Un』はその意味で、最もラディカルな優しさの記録であり、
チャンバワンバが最後に選んだ“あり方”そのものを音にしたアルバムなのである。
おすすめアルバム（5枚）
- Iron & Wine『The Creek Drank the Cradle』
アコースティックで静謐な語り口が共鳴。政治性は異なるが“声”の質感に近い。 - The Unthanks『Here’s the Tender Coming』
英国フォークの継承と更新。物語と声の力を重視する点で近似。 - Joan Baez『Dark Chords on a Big Guitar』
後年のバエズが放つ静かなラディカリズム。チャンバワンバと精神的な連帯を感じさせる。 - Mount Eerie『A Crow Looked at Me』
個人的な死を通じて語られる“存在の記録”。声の弱さと誠実さが共通。 -
Lambchop『Is a Woman』
囁きとピアノ、ミニマルな構成で作られた都市詩。『Un』の感触と極めて近い。
後続作品とのつながり
『Un』の後、チャンバワンバは主にアコースティック・フォーク路線でのツアー活動を続け、
2008年の『The Boy Bands Have Won』でその集大成を迎える。
だが『Un』は、その中でも**“怒りと優しさのバランス”が最も緻密に取られた作品であり、
“革命は静けさのなかにも宿る”という逆説を体現したアルバムとして、
今なおチャンバワンバ最後の声のひとつ**として強く響いている。
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