
発売日: 2017年6月9日
ジャンル: パンク・ロック、ストリート・パンク、スカ・パンク
- 概要
- 全曲レビュー
- 1. Track Fast
- 2. Ghost of a Chance
- 3. Telegraph Avenue
- 4. An Intimate Close Up of a Street Punk Trouble Maker
- 5. Where I’m Going
- 6. Buddy
- 7. Farewell Lola Blue
- 8. All American Neighborhood
- 9. Bovver Rock and Roll
- 10. Make It Out Alive
- 11. Molly Make Up Your Mind
- 12. I Got Them Blues Again
- 13. Beauty of the Pool Hall
- 14. Say Goodbye to Our Heroes
- 15. I Kept a Promise
- 16. Cold Cold Blood
- 17. This Is Not the End
- 18. We Arrived Right on Time
- 19. Go on Rise Up
- 総評
- おすすめアルバム
- 制作の裏側
概要
『Trouble Maker』は、ランシドが2017年に発表した9作目のスタジオ・アルバムであり、
結成から四半世紀を経た彼らがなおもストリートのリアリティと反骨精神を失わずに放った、痛快なパンク・ロックの記録である。
前作『…Honor Is All We Know』(2014)から3年、彼らは再びプロデューサーのブレット・ガーウィッツ(Brett Gurewitz)と組み、
エピタフ傘下のヘルキャット・レコードからリリース。
録音はカリフォルニア州のSkyline Studiosで行われ、
「シンプルに速く、そして正直に」という基本理念のもと、全19曲・約40分という濃密な短距離疾走アルバムに仕上がった。
タイトルの“Trouble Maker(トラブルメーカー)”とは、
社会の秩序や偽善に異議を唱える者、あるいは単純に「問題児」であることを誇る者を意味する。
ランシドにとってそれは、デビュー以来変わらぬ生き方そのものであり、
このアルバム全体が、彼らの「まだ終わっていない」という意思表明になっている。
音楽的には『Let’s Go』(1994)や『…And Out Come the Wolves』(1995)に回帰しつつ、
メロディとコーラスの成熟度は過去最高。
つまり本作は、“過去の再現”ではなく、25年分の経験と誇りを注ぎ込んだ原点回帰なのだ。
全曲レビュー
1. Track Fast
タイトル通り、アルバム最速・最短の爆走オープニング。
1分にも満たない時間で全員が叫び、ぶつかり合い、**「まだ走れる」**と証明する。
初期ハードコアの荒々しさを再現しつつ、演奏は抜群にタイトだ。
2. Ghost of a Chance
キャッチーなメロディとティム・アームストロングのしゃがれ声が交錯する。
「俺たちにはまだチャンスがある」と歌うこの曲は、
アルバム全体のテーマ――希望と再生――を象徴している。
3. Telegraph Avenue
タイトルはサンフランシスコの実在の通り。
スカのリズムとノスタルジックなメロディが混ざり合い、
イーストベイの風景が鮮やかに蘇る。
彼らの原点と故郷愛が詰まった一曲。
4. An Intimate Close Up of a Street Punk Trouble Maker
ティムのリリックが炸裂するセルフ・ポートレート的ナンバー。
「俺はトラブルメーカーだ、でも正直者だ」と叫ぶ彼の声に、
ストリート・パンクの矜持が宿る。
タイトルの長さに反して、曲は2分未満という潔さ。
5. Where I’m Going
メロディックなギターリフと疾走ビートが交差する。
「行き先なんてわからない、でも止まらない」――
ランシドの哲学をそのまま歌にしたようなエネルギーに満ちている。
6. Buddy
ラーズ・フレデリクセンがリードをとる軽快なスカ・チューン。
友情と仲間意識をテーマにした歌詞が温かく、
ストリートの中で支え合う人々への賛歌となっている。
7. Farewell Lola Blue
哀愁漂う旋律と社会的メッセージが交差するバラッド調パンク。
“ローラ・ブルー”という象徴的女性像を通して、
喪失と再生の物語を描き出す。
8. All American Neighborhood
アメリカ郊外の偽善や退屈を風刺した社会派パンク。
「どの家も同じフェンス、同じ顔」というリリックが、
現代社会の均質化への痛烈な皮肉となっている。
9. Bovver Rock and Roll
Oi!パンク的なコーラスとクラップが印象的。
ストリート・カルチャーとロックンロールへの愛を全力で表明した曲で、
シンガロングの楽しさはランシド作品でも随一。
10. Make It Out Alive
軽快なテンポの中に“サバイバル”というテーマが潜む。
日常の中で生き抜くこと自体が抵抗であり、それがパンクだという哲学を感じさせる。
11. Molly Make Up Your Mind
女性への呼びかけをテーマにしたラブソング風の小品。
キャッチーでポップな仕上がりながら、ランシド特有の皮肉が漂う。
12. I Got Them Blues Again
タイトル通り、ブルースとパンクの融合。
レイドバックしたリズムに、人生の疲れと希望を同時に語る。
ベテランならではの“哀愁のストリート感”が光る。
13. Beauty of the Pool Hall
往年の『…And Out Come the Wolves』期を彷彿とさせるメロディック・パンク。
ビリヤード場=ストリートの社交場を舞台に、
少年時代の記憶を懐かしむような甘酸っぱさがある。
14. Say Goodbye to Our Heroes
故郷を離れた仲間や亡くなった友人へのトリビュート。
ティムのリリックはシンプルだが胸に刺さる。
「ヒーローたちよ、さようなら。でも魂はここにある」と歌う姿に、
時を経ても変わらぬ友情の誇りがにじむ。
15. I Kept a Promise
ランシドらしい疾走感の中に“約束を守る”というテーマを織り込んだ一曲。
パンクの信義を再確認するような力強いナンバー。
16. Cold Cold Blood
マット・フリーマンのベースがうねる重厚なミドルテンポ。
犯罪、暴力、裏社会を描いたハードボイルドな内容で、
『Life Won’t Wait』の影を感じさせる。
17. This Is Not the End
アルバム終盤にしての強烈な疾走曲。
「これは終わりじゃない」という言葉は、
バンドが依然として進行形の存在であることを宣言している。
18. We Arrived Right on Time
パンク史を駆け抜けた自負と皮肉が交じる。
「俺たちはちょうどいい時代に生まれた」と歌う姿には、
成熟したユーモアと達観が見える。
19. Go on Rise Up
アルバムのクロージングを飾る、壮大で希望に満ちたスカ・パンク。
“立ち上がれ”というシンプルなメッセージで締めくくり、
ランシド流の再生の讃歌として幕を下ろす。
総評
『Trouble Maker』は、ランシドがキャリアの集大成として放ったストリートの教科書のようなアルバムである。
パンク、スカ、Oi!、ハードコア――彼らがこれまで歩んできたすべての要素が凝縮され、
それが驚くほど自然にひとつの物語として流れていく。
音楽的には過去作の延長線上にあるが、サウンドのバランスとアンサンブルは非常に洗練されており、
長年のキャリアを経た“熟練のラフさ”が心地よい。
演奏はタイトで、どの曲にも**「今この瞬間を生きる」**という生々しいエネルギーが宿っている。
また、本作にはティム・アームストロングの詩的な視点が際立つ。
彼はもはや怒りや反抗を超えて、人生と街のリアルを淡々と見つめる語り手になっている。
だが、その語りには依然として火花のような熱があり、
「Trouble Maker=混乱の中で生きる者たち」への共感が根底に流れている。
結果として、『Trouble Maker』はランシドの第二の黄金期の完成形ともいえる。
ストリートに根ざした音楽としての純度、
そして老いてなお走り続けるバンドの誇り――それこそがこのアルバムの核心である。
おすすめアルバム
- …And Out Come the Wolves / Rancid (1995)
メロディック・パンクの頂点。すべての出発点。 - Let’s Go / Rancid (1994)
初期の爆発的エネルギーとストリート魂が詰まった原点。 - Life Won’t Wait / Rancid (1998)
スカとレゲエを融合した社会的・文化的傑作。 - …Honor Is All We Know / Rancid (2014)
本作直前の原点回帰作。精神的な連続性が強い。 - Energy / Operation Ivy (1989)
ティムとマットの原点であり、Rancidの魂のルーツ。
制作の裏側
『Trouble Maker』の制作は、ランシドにとって“リハーサルの延長”のような自然な流れで進められた。
長年のプロデューサーであるブレット・ガーウィッツは、「今回はスタジオに入る前から完成していた」と語るほど、
メンバー全員の呼吸が完璧に噛み合っていたという。
演奏は基本的にライブ一発録りで、
マット・フリーマンのベースとブランデン・ステインエックルトのドラムが強靭な骨格を形成。
そこにティムとラーズの掛け合いが加わることで、
まるで90年代初頭のエネルギーが再び蘇ったかのようなサウンドが生まれた。
また、バンドは当時、「今こそ現実を描く時期だ」として、
アルバム全体を“現代のストリート・クロニクル(年代記)”として構想。
貧困、都市の崩壊、友情、再生――それらを短い曲の連なりで描き出す手法は、
まさにRancid流の現代版パンク・ドキュメントといえる。
『Trouble Maker』は、過去への回帰ではなく、
**「信念を貫くことの持続」**をテーマとしたアルバムである。
ランシドはこの作品で改めて証明した――
パンクとは、叫ぶことではなく、生き方として続けることなのだ。



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