1. 歌詞の概要
「Time (Clock of the Heart)(タイム)」は、イギリスのポップ・バンド、カルチャー・クラブが1982年に発表したシングルであり、代表曲「Do You Really Want to Hurt Me」に続くヒットとして全英チャート3位、全米チャートでは2位という高成績を記録した、彼らのキャリアを象徴するバラードである。
この楽曲のテーマは、タイトルにもある「時間」。だが、それは単なる時計の針ではなく、“心の中で刻まれる時間”――つまり、愛や別れを経たあとの内的な時の流れを指している。「Time is like a clock in my heart(時間は心の中の時計のよう)」という繰り返される一節が示すように、この曲は“止まらない時間”と“動かない感情”のあいだで揺れ動く恋愛の余韻を描いている。
歌詞の中で語られるのは、過ぎ去った愛と、そこに残された感情の残像である。誰かを愛した記憶、それがいまもなお心の中で時を刻んでいること、そしてそれゆえに人は前に進むことができないという静かな痛み。この曲は、そうした繊細な感情のひだを、詩的な言葉と柔らかなメロディで包み込んでいる。
2. 歌詞のバックグラウンド
カルチャー・クラブは1980年代初頭の“ニューロマンティック”の波の中から現れたバンドであり、その中でもボーイ・ジョージの中性的な美しさと深いソウルフルな声は、当時の音楽シーンに強烈な印象を与えた。
「Time」は、彼らのデビューアルバム『Kissing to Be Clever』の北米版には収録されておらず、シングルとしてリリースされたが、その完成度と人気の高さからアルバム未収録であることすら意識されないほどの代表作となった。
この曲の作詞はボーイ・ジョージとバンドメンバーによる共同作業であり、彼自身の恋愛経験、特に当時のバンドメイトでドラマーだったジョン・モスとの複雑な関係が反映されているとも言われている。
そのため、この曲の“失われた時間”というモチーフは、単なるフィクションではなく、非常に個人的な思いが込められたものでもある。
サウンド面では、ピアノを主体としたシンプルなアレンジの中に、エレクトリックなリズムと暖かみのあるシンセが控えめに配置されており、1980年代のポップスとしての洗練を保ちながらも、どこかアナログ的な感傷が漂う。
3. 歌詞の抜粋と和訳
Time won’t give me time
And time makes lovers feel
Like they’ve got something real
時間は僕に時間をくれない
そして時間は恋人たちに
“本物の愛”を感じさせる
But you and me, we know
They’ve got nothing but time
でも君と僕は知ってる
それはただの“時間”に過ぎないってことを
Time is like a clock in my heart
It touches me, it makes me cry
時間は心の中の時計のよう
僕に触れて、涙を誘うんだ
引用元:Genius Lyrics – Culture Club “Time (Clock of the Heart)”
この歌詞では、“時間”という概念が繰り返し登場し、それが恋愛とどう交錯するのかが詩的に表現されている。時間は止めることができないが、感情はその時間の中で滞留する――その矛盾が、切なさを生む。
4. 歌詞の考察
「Time」は、恋愛の終わりと、記憶に閉じ込められた感情の“再生”について歌っている。
“Time is like a clock in my heart”という詩句に象徴されるように、この曲の主人公は過去の出来事をいまだに心の奥で繰り返している。その記憶は時計のように絶え間なく動き続けるが、同時に“今”には戻ってこない。つまり、時間は進むが、感情は置き去りのままなのだ。
また、歌詞にある“time makes lovers feel like they’ve got something real”という一節には、恋愛に対する冷静な視点も覗いている。時間の中で育まれたと思っていた愛が、振り返ってみれば幻想だったかもしれないという皮肉が込められており、それが曲全体の美しいメロディラインと重なって、より強い哀しみと優しさを生む。
この曲は、感情を直接的にぶつけるのではなく、あくまでも静かに、丁寧に、そして優しく描いている。その穏やかな語り口が、むしろ傷の深さを際立たせる。それは、別れを経験した人なら誰もが感じる“あの沈黙のような感情”に限りなく近い。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Do You Really Want to Hurt Me by Culture Club
切実な問いかけと哀しみが交錯する、ボーイ・ジョージの内省が滲む代表作。 - Careless Whisper by George Michael
過去の過ちとそれに伴う後悔を、美しいサックスと共に綴るバラード。 - True by Spandau Ballet
ニューロマンティックの美学を体現した、静かでエレガントなラブソング。 - Drive by The Cars
“なぜ泣いているの?”と問いかけることで、心の痛みを浮かび上がらせる80年代屈指の名曲。
6. “時の中の愛”という名の残響
「Time (Clock of the Heart)」は、80年代ポップスの中でも際立って“時間”というテーマを詩的に扱った作品であり、同時に誰もが持つ“失ったものへの静かな想い”を普遍的に描き出した名曲である。
カルチャー・クラブが持っていたソウル・ポップの美意識と、ボーイ・ジョージのジェンダーを超えた感受性、そして何より彼の声の中にある“過去を見つめる眼差し”が、この楽曲に深い奥行きを与えている。
恋は終わる。時間は過ぎる。でも心の中の時計は、あのときのまま止まっていない。
「Time」は、そんな誰もが抱える“心の時間”をそっと代弁してくれる――
静かで、切なくて、でもどこか温かい、時間の歌なのだ。
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