発売日: 2000年5月9日
ジャンル: ポップ・ロック、ブルース・ロック、アダルト・コンテンポラリー
概要
『This Time Around』は、Hansonが2000年に発表したセカンド・スタジオ・アルバムであり、前作『Middle of Nowhere』からの“脱・ティーンポップ”を強く意識した、音楽的にも精神的にも重要な転機の一枚である。
デビュー作の大成功と、それに伴うアイドル的イメージから距離を取るべく、彼らはロックやブルースの要素を積極的に取り入れ、サウンド面でも歌詞面でも大人びた方向へと大きく舵を切った。
プロデューサーにはStephen LironiやMark Hudsonに加え、ブラック・クロウズのRich Robinsonなどを迎え、より生々しく、重厚なバンド・サウンドを追求。
その結果、彼らはもはや「子供のポップ・バンド」ではなく、「楽器を操り、自らの声で勝負するミュージシャン」として新たな地平を切り拓くことに成功したのである。
商業的には前作ほどの爆発的ヒットには至らなかったものの、音楽的な評価は高く、今日では“アーティストとしてのHanson”を最初に明確に示した作品として再評価されている。
全曲レビュー
You Never Know
ロック志向へのシフトを象徴するオープニング・ナンバー。
ギターのリフとタイトなドラムが際立ち、成熟したバンド・グルーヴを感じさせる。
歌詞は「やってみなければわからない」という挑戦への意志を描いており、アルバム全体の序章として機能している。
If Only
ファースト・シングルにして、ホーンセクションを導入したソウルフルなロック・チューン。
スカやR&Bの要素も滲む多層的な構成で、ジャンルの枠にとらわれない彼らの音楽性の広がりを示す。
イントロのハーモニカはブルースの香りを残しつつ、エネルギッシュな演奏が光る。
This Time Around
アルバムのタイトル・トラックで、最もエモーショナルなパフォーマンスが詰まった楽曲。
「もう子供じゃない」という決意と覚悟を歌い上げた内容で、三兄弟の本気の声がリスナーに突き刺さる。
サウンドは中音域を中心に構築されており、ロックバラードの王道を歩みつつも、強い個性を放っている。
Runaway Run
思春期の心の葛藤と逃避願望を詩的に描いた、ミドルテンポのロック・ナンバー。
テイラーの柔らかなヴォーカルが楽曲に陰影を与え、サビではハーモニーの美しさが際立つ。
Save Me
ピアノを主体とした穏やかなバラード。
歌詞は助けを求める心情をストレートに表現しており、シンプルながら深い余韻を残す。
思春期の不安定さと、それでも誰かを信じたいという願いがにじむ名曲。
Dying to Be Alive
「生きる実感を得るには死を感じるしかないのか?」という哲学的な問いを内包した曲。
アコースティックな質感とソウルフルなコーラスが相まって、精神的な奥行きを感じさせる。
デビュー時には見えなかった、内面的な成長が顕著に表れている。
Can’t Stop
ドライヴ感のあるポップ・ロックで、アルバム中では比較的キャッチーな一曲。
恋愛における執着と解放がテーマとなっており、サウンド面ではブリットポップ的な軽やかさも見受けられる。
Wish That I Was There
遠距離恋愛を想起させる、切ないバラード。
「そこにいられたらよかったのに」という繰り返しが、少年の面影を残しつつも、成熟した感情の表現へと昇華されている。
Love Song
皮肉とユーモアが入り混じる、変化球的なポップ・ナンバー。
“これはラヴ・ソングじゃない、でも君のことを考えてしまう”という矛盾が、青春の複雑な感情を巧みに表している。
Sure About It
スロウなテンポと囁くようなヴォーカルで展開する、大人のR&B風バラード。
不確かな関係性の中で、それでも信じたいという心理が、メロウなサウンドとともに描かれる。
総評
『This Time Around』は、Hansonが“アイドル”から“アーティスト”へと脱皮するための痛みと決意を封じ込めた、誠実で骨太なロック・アルバムである。
前作のポップな輝きとは異なり、本作はより内省的で重厚、ブルースやアメリカーナの影響も感じさせる音像へと移行している。
そこには、音楽を“楽しさ”だけでなく“表現手段”として捉え直そうとする真摯な姿勢があり、彼らが自らの手でキャリアを築こうとする意思がにじみ出ている。
また、楽曲の構成力・演奏力・ヴォーカル表現すべてが高いレベルに到達しており、特に「This Time Around」「Dying to Be Alive」「Save Me」などは、アメリカン・ロックとしても十分に通用する完成度を持つ。
ただし、その誠実さゆえにマーケティング的な“キャッチーさ”を欠き、前作のようなチャート・インパクトは得られなかった。
だが、それを逆に“選択と覚悟”と捉えれば、このアルバムはHansonのアーティストとしての原点であり、音楽的信頼を確立した一歩目なのだと言える。
おすすめアルバム(5枚)
- John Mayer『Room for Squares』
青春と自己探求をギターで綴るスタイルは、成熟したHansonと同じ文脈にある。 - Counting Crows『Hard Candy』
アメリカーナとポップの狭間にある叙情的ロック作品で、『This Time Around』の世界観と共鳴する。 - Matchbox Twenty『Mad Season』
メロディアスで感情豊かなロック・ポップという点で非常に近いアプローチを取る作品。 - The Wallflowers『Bringing Down the Horse』
アメリカン・ロックの王道と内省的リリックを融合させた名盤。Hansonの音楽的転換と類似する精神性がある。 -
Gavin DeGraw『Chariot』
ピアノ・ロックのエッセンスとソウルフルなヴォーカルが、Hansonのバラード路線と美しく重なる。
7. 歌詞の深読みと文化的背景
『This Time Around』は、明確に“自己表現”を志向したアルバムであり、歌詞には思春期の終わりと成人前夜の心理が色濃く描かれている。
タイトル曲では「今度こそ、本気で立ち向かう」という宣言が込められており、音楽業界の商業主義や、少年時代の偶像としてのプレッシャーからの決別が暗示されている。
「Dying to Be Alive」では、生命の実感を問うスピリチュアルな探求が歌われ、もはや「ポップ・スター」の域を超えた“人生の語り手”としての資質が見える。
また、“Save Me”や“Wish That I Was There”といったバラード群は、自己の無力さや不安を認める誠実な姿勢が貫かれており、ポップ・ロックの枠を超えて人間的な深みを感じさせる。
このように、『This Time Around』は時代の風潮に迎合することなく、彼ら自身の音楽的信念を貫いた作品として、静かな輝きを放っている。
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