発売日: 2012年4月24日
ジャンル: オルタナティブ・ロック、ガレージ・ロック、フォーク・ロック、ポスト・グランジ
概要
『This Machine』は、The Dandy Warholsが2012年にリリースした8作目のスタジオ・アルバムであり、バンド史上最も内省的かつ控えめな“静かな転機”となる作品である。
前作『Earth to the Dandy Warhols』では自主レーベル立ち上げ後の自由さと混沌が色濃く表れたが、本作では一転して、サウンドもメッセージも抑制されたトーンが貫かれている。
大仰な演出や皮肉っぽいユーモアを排し、より直接的で実直な“ソングライティング”にフォーカスした構成となっている。
アルバムタイトル『This Machine』は、ウディ・ガスリーが自身のギターに記した“THIS MACHINE KILLS FASCISTS(この機械はファシストを殺す)”という言葉へのオマージュ。
このフレーズを踏まえ、本作には音楽そのものの力を再確認しようとする“誠実なロック回帰”の意志が込められている。
プロデュースにはバンド自身が関与しつつも、音数を絞った録音・ミックスが施され、反響音や空白を活かした“ローファイ寄りの美学”が特徴的。
バンドが“うるさくないこと”を選んだこと、それこそが静かなる実験であったとも言える。
全曲レビュー
1. Sad Vacation
アルバム冒頭を飾るミディアム・テンポのガレージ・ロック。
「悲しい休暇」というタイトルが示すように、虚無と開放が交錯する曲調で、本作のトーンを提示する。
2. The Autumn Carnival
サイケデリックでメランコリックなバラード。
秋の祭り=終わりかけの祝祭というイメージが、時の移ろいと喪失感を漂わせる。
3. Enjoy Yourself
カントリー/フォーク調のアコースティック・ナンバー。
“楽しめよ”という表面のメッセージとは裏腹に、どこか皮肉と空虚が感じられる。
4. Alternative Power to the People
一分半にも満たない短編的なインスト・トラック。
社会的スローガン風のタイトルだが、むしろ音の“空白”で語る一曲。
5. Well They’re Gone
幽玄なギターとドラムマシンが絡む、美しいスロー・チューン。
タイトルの「彼らはもういない」に込められた喪失の感覚が、深く胸に残る。
6. Rest Your Head
リフレインとミニマルなコード進行で構成された、心地よくも醒めたバラード。
“頭を休めろ”というメッセージが、現代の過剰な情報社会への静かな抗議にも聴こえる。
7. 16 Tons
マール・トラヴィスの古典的フォークソングを大胆にカバー。
石炭労働者の苦悩を描いた原曲の哀愁を、重たいビートとリバーブで包み込み、バンドらしい脱構築を試みている。
8. I Am Free
脱力したボーカルと浮遊感あるメロディ。
“自由である”ことを宣言しながらも、その裏にある孤独や責任が透けて見える。
9. Seti vs. the Wow! Signal
宇宙人探査プロジェクト“SETI”と、“ワウ!信号”をモチーフにしたサイエンス・フィクション的ナンバー。
淡々とした進行の中に、宇宙的孤独のテーマが込められている。
10. Don’t Shoot She Cried
女性の声をサンプリング的に取り入れたアンビエント寄りの一曲。
“撃たないで、彼女は泣いていた”というタイトルが暴力と感情の不均衡を象徴する。
11. Slide
ゆったりとしたテンポで幕を閉じるエンディング・トラック。
滑り落ちるようなギターとささやき声が、アルバム全体の“倦怠と祈り”を集約している。
総評
『This Machine』は、The Dandy Warholsが騒がしさと皮肉から一歩距離を置き、“音楽の核心”に近づこうとした作品である。
煌びやかなリフも、挑発的なビートも、派手なアレンジもここにはない。
代わりにあるのは、空間、余白、沈黙、そして言葉が持つ重みだ。
一見すると地味で散漫にすら思える構成だが、それはあくまで表面的な印象であり、繰り返し聴くほどに深く静かに沁み込んでくる“音楽の影”が本作の魅力である。
The Dandy Warholsはこの作品で、ポップの過剰さに抗い、“何も語らないこと”が時に最も雄弁であることを示したのだ。
おすすめアルバム
- Wilco / Sky Blue Sky
内省的なロック・サウンドと歌詞の抑制された語り口が共鳴する。 - Yo La Tengo / Fade
静けさと美しさのなかに深い感情を潜ませる手法が似ている。 - Sparklehorse / Dreamt for Light Years in the Belly of a Mountain
ローファイと詩情、影のような音楽世界を志向した作品。 - Elliott Smith / Figure 8
音数を絞ったサウンドと繊細な内面描写が、本作の静かな美学と重なる。 -
The National / Trouble Will Find Me
抑制されたテンションと感情の蓄積が、じわじわと心を揺らす。
歌詞の深読みと文化的背景
『This Machine』の歌詞には、社会的な怒りではなく、“個人的な倦怠や諦念”がテーマとして多く現れる。
「I Am Free」「Well They’re Gone」などに見られるように、“自由”や“喪失”という言葉は単なる状態ではなく、過去との断絶、あるいは責任の比喩として描かれている。
また、タイトルの由来であるウディ・ガスリーのメッセージとは異なり、The Dandy Warholsの“この機械”は、人を救うわけでも、敵を打ち倒すわけでもない。
むしろそれは、日々をなんとかやり過ごすための、淡い光のような存在としての音楽なのだ。
このように、『This Machine』はバンドの“第二の幕”を静かに開くアルバムであり、その静けさこそが最大の表現であったとも言える。
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