発売日: 2007年7月24日(米国)
ジャンル: ロック、アコースティック・ポップ、アフリカン・リズム、アダルト・コンテンポラリー
概要
『The Walk』は、Hansonが2007年にリリースした4作目のスタジオ・アルバムであり、彼らの音楽的成熟と社会的意識が最も色濃く表れた作品である。
自主レーベル3CG Recordsからのリリース第2弾となる本作では、単なる自己表現の枠を超え、人道的メッセージやアフリカ支援といったグローバルな視点が明確に打ち出された。
南アフリカ滞在中にHIV/AIDSや貧困に直面したことが、本作の創作に大きな影響を与えたと言われており、楽曲の随所に現地で録音されたコーラスやパーカッションが導入されている。
サウンド的には、『Underneath』のアコースティックで内省的な作風を継承しながら、よりソウルフルでルーツ志向の楽器編成にシフト。
タイトル『The Walk』は、“歩くこと”そのものを行動の象徴として捉え、慈善活動とも結びつけたコンセプチュアルな意味を持っている。
まさに“音楽で世界を変えたい”という彼らの信念が、サウンドとリリックを通じて結晶化した意欲作である。
全曲レビュー
Ngi Ne Themba (I Have Hope)
南アフリカで録音されたコーラスによる祈りのようなオープニング。
ズールー語で「希望がある」という意味を持ち、宗教的・文化的敬意を込めたイントロダクションとなっている。
Great Divide
ゴスペルとソウルを融合したアルバムのリード曲。
HIV/AIDSによって命を奪われる子どもたちを念頭に置いた楽曲で、「生と死の隔たり」を意味する“Great Divide”を高らかに歌い上げる。
収益の一部はチャリティに寄付され、音楽と行動が結びついた代表作でもある。
Been There Before
ロックンロールの歴史を称えるような楽曲で、ブルースや60sロックの影響が顕著。
「何度もそこに戻ってきた」というリフレインが、ルーツへの回帰と誠実さを象徴している。
Georgia
アメリカ南部へのノスタルジーと、人間関係の揺れを重ね合わせたミディアム・バラード。
ザックによるドラミングが穏やかなグルーヴを生み出しており、南部ゴスペルの色合いも感じられる。
Watch Over Me
高揚感に満ちたアップテンポのロック・ナンバー。
「見守っていてほしい」というメッセージが、シンプルであるがゆえにリスナーの心に強く響く。
Running Man
ループするギターとスモーキーなヴォーカルが印象的なナンバー。
“走る”というメタファーを通じて、自分の居場所を探し続ける不安定さを描き出す。
Go
兄弟の中では最も繊細な歌声を持つザックがメインを務める、胸を打つバラード。
「行かせてくれ」「もう自分の道を歩きたい」という歌詞は、青年期の独立を象徴している。
特にピアノと弦楽の絡みが美しく、アルバムの感情的な要となっている。
Fire on the Mountain
リズムが印象的なエスニック調の楽曲。
不安と変革の時代を予感させるようなリリックと、緊張感のある展開が特徴的。
One More
恋愛の終わりと再生をテーマにしたメロウなバラード。
「もう一度だけ、君と向き合いたい」という切実な願いが込められており、シンプルながらも深い。
Blue Sky
「世界が変わるとしたら、それは今かもしれない」という希望に満ちたポップ・ロック。
アップリフティングなメロディとポジティブな歌詞が、アルバム全体の救済的なトーンを引き締めている。
Tearing It Down
崩壊と再生を描いた、社会的メッセージ性の高いロック・ナンバー。
現状への怒りや無力感を、サウンドで昇華した構成が秀逸。
Something Going Round
アルバムのラストを飾る、グルーヴィでファンキーな楽曲。
“何かが起きようとしている”という直感を歌いながら、希望と不安が同居するエンディングを提示する。
総評
『The Walk』は、Hansonの音楽的探求と社会的メッセージが完全に融合した、誠実かつ力強いアルバムである。
かつて“MMMBop”の少年たちと称された彼らは、今や世界の現実に目を向け、自らの足で“歩くこと”を選んだ。
その“歩み”は、メジャーを離れ、自主レーベルで独立を貫き、南アフリカでの体験を経て、本作に結実した。
サウンド的には、ロック、アコースティック、アフリカン・リズム、ソウル、ゴスペルといった多様な要素が絶妙に融合し、地に足の着いた温かさと、時に突き刺すような緊張感が共存している。
「Great Divide」や「Go」といった楽曲は、単なるバラードでもポップでもなく、“心の真実”をそのまま音にしたような強度を持っている。
この作品の核心は、「歩き出す勇気」である。
不安があっても、一歩踏み出すこと。悲しみがあっても、誰かと繋がり続けること。
『The Walk』は、聴く者の“生きる速度”に寄り添う音楽であり、希望や信頼を再び見つけたいすべての人に向けた、静かな応援歌なのだ。
おすすめアルバム(5枚)
- Paul Simon『Graceland』
アフリカ音楽との融合という意味で、本作と同じ精神を持つ傑作。 - John Butler Trio『Grand National』
アコースティック・ルーツと社会意識が溶け合った、高密度のロック作品。 - Michael Franti & Spearhead『Stay Human』
音楽と社会活動を結びつけたスタイルが、Hansonの姿勢と共鳴する。 -
Jack Johnson『Sleep Through the Static』
温かく内省的なサウンドとリリックが、『The Walk』の静けさと調和。 -
Switchfoot『The Beautiful Letdown』
信仰や希望をロックで描くスタイルが、『The Walk』と重なるスピリチュアル性を持つ。
8. ファンや評論家の反応
当時の主流からやや外れた音楽性にもかかわらず、アルバムはインディペンデント・チャートで好成績を収め、ファンベースの結束を強める結果となった。
音楽メディアでは、“Hansonは本物のアーティストになった”という再評価が相次ぎ、特に「Great Divide」はチャリティ活動と連動した点でも注目を浴びた。
また、彼らが行った「1マイル裸足ウォーク(The Walk Campaign)」は、文字通り“音楽を超えた行動”として称賛され、彼らの音楽が社会と直接つながっていることを証明するものとなった。
ファンからは、“一番心に寄り添うアルバム”として支持されることも多く、時代を超えて愛される作品となっている。
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