発売日: 1980年3月
ジャンル: ポストパンク、ニューウェーブ、アートロック
概要
『The Psychedelic Furs』は、イギリスのロックバンド The Psychedelic Furs によるデビュー・アルバムであり、1980年のポストパンクの熱気と混沌の中から誕生した、鮮烈なノイズと知性の爆発とも言うべき作品である。
バンドはリチャード・バトラーのハスキーなボーカルと、反復するギター・リフ、そしてサックスやキーボードを大胆に取り入れた6人編成によって、退廃的かつロマンティックなサウンドを確立。
プロデューサーにはスティーヴ・リリーホワイト（後にU2やXTCなどを手がける）が起用され、その荒削りながらも空間的な音像が、バンドの個性を際立たせている。
この時代のUKポストパンク・ムーブメントにおいて、Joy Division や Magazine、The Cure らが内省と無機質の方向に向かっていた中、The Psychedelic Furs はよりエネルギッシュで文学的なアプローチをとり、パンクの激情とアートロックの知性を両立させた稀有なバンドとして登場した。
全曲レビュー
1. India
アルバムの幕開けを飾る7分超のトリップ感溢れる大曲。
低音が効いたベースと無骨なギターが反復し、リチャード・バトラーのヴォーカルが呪文のように響く。
“India”というタイトルが象徴するのは、現実からの脱出と、異国への幻想。
サイケデリックでありながら、冷ややかな現実感も共存している。
2. Sister Europe
本作のハイライトとも言える、メランコリックで詩的なバラード。
囁くようなボーカル、空間的なリバーブ、ジャズ的なサックスが絶妙に絡み、ヨーロッパ的退廃美を描き出す。
後のバンドのロマンティシズム路線を予感させる名曲。
3. Imitation of Christ
“キリストの模倣”という挑発的なタイトル。
宗教と社会的欺瞞をアイロニカルに描くリリックは、バンドの文学性を象徴する。
繰り返されるギターと語り口調のヴォーカルが、不穏なムードを醸成する。
4. Pulse
パーカッシブな展開と、強いビートが印象的なアグレッシブ・トラック。
まさに“鼓動”のようにリズムが身体に訴えかけてくる。
短めながら、パンキッシュな即効力を持つ。
5. We Love You
反復するフレーズとノイズまみれのサウンドで、メディアや大衆心理への皮肉を投げかける。
タイトルは愛を語るが、歌詞とサウンドはどこまでも破壊的。
ラモーンズの速度とイーノの実験性が交差したような楽曲。
6. Wedding Song
アコースティックなギターと陰鬱なメロディで構成された、哀しみの中の祝祭。
結婚というモチーフが象徴するのは、個人的な喜びではなく社会的な儀礼への違和感。
一種の“アンチ・ラブソング”。
7. Blacks/Radio
原始的なグルーヴと断片的なリリックが交差する実験的なナンバー。
前衛的でありながら、直感的にグルーヴィ。
情報過多の時代における“ラジオ”と“ブラック・ボックス”的世界のメタファーにも聴こえる。
8. Flowers
甘美さと毒が交錯するバンド特有のラブソング。
“花”というテーマを扱いながら、恋愛の裏側にある暴力性や依存性を暴いている。
サックスとギターの絡みが退廃的で美しい。
9. Susan’s Strange
抑制されたテンポの中で、不気味な空気がゆっくりと広がっていく。
“スーザン”という架空の人物像を通じて、狂気と疎外を描くサイコ・ドラマ的構成。
10. Mack the Knife（UK盤未収録のUS盤ボーナストラック）
カート・ワイル作の有名な楽曲のカバー。
バトラーのボーカルが持つ哀愁と皮肉が、原曲の暴力性と見事に合致している。
US盤ならではの聴きどころ。
総評
『The Psychedelic Furs』は、80年代ポストパンク黎明期における最も文学的で官能的なデビュー・アルバムのひとつである。
ロマンティックであると同時に残酷、叙情的でありながら攻撃的。
その矛盾こそが、バンドの魅力であり、ジャンルの限界を押し広げた所以でもある。
シンセを使わずとも空間を表現し、サックスを使って感情をねじ曲げる。
The Psychedelic Furs はこのデビュー作において、“声”“音”“意味”のすべてを混濁させながら、ひとつの新しい都市詩学を確立したのだ。
おすすめアルバム（5枚）
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Magazine – Real Life (1978)
ポストパンクの知性と実験性の出発点。構築された美学が共通する。 -
The Teardrop Explodes – Kilimanjaro (1980)
精神と混沌の交差点を描く名作。文学的ロックの系譜にある。 -
Roxy Music – For Your Pleasure (1973)
退廃とアートロックの先駆。Fursの美意識のルーツ。 -
Bauhaus – In the Flat Field (1980)
同時代のゴシック／ノイズ的表現。アグレッシブな衝動が共鳴。 -
Suede – Suede (1993)
Fursの影響下にある90年代UKロック。ロマンスと破滅の美学が共通。
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