発売日: 2017年11月3日
ジャンル: メタルコア、カオティック・ハードコア、ポストハードコア
概要
『The Dusk in Us』は、Convergeが2017年に発表した通算9作目のスタジオ・アルバムであり、
20年以上にわたって激情と芸術性の狭間を走り続けてきたバンドの**“静かな進化”と“成熟した破壊性”**が表現された、
現代ハードコアの新たな金字塔である。
前作『All We Love We Leave Behind』(2012)ではバンド自身の内面に深く潜り、愛と喪失を描いたが、
本作ではより社会的・倫理的・人間存在的な視座へとテーマが広がっている。
タイトル「The Dusk in Us(我々の中の夕闇)」が象徴するように、
人間の内面に潜む“闇”と“慈しみ”、あるいは破壊と希望の狭間を、13曲にわたって重厚に描き出している。
本作は全体的に音の重心が低く、空間的な広がりを持つサウンドスケープが特徴的である。
Kurt Ballouのプロデュースによる緻密な音響設計と、Jacob Bannonの詩的かつ社会批評的なリリックが融合し、
「ハードコアとは感情の暴力装置である」ことを静かに、しかし確信的に証明してみせた作品なのだ。
全曲レビュー
1. A Single Tear
オープニングを飾る感情の奔流。
父になったバノンの経験をベースにした歌詞は、愛が恐怖や責任と隣り合わせにあることを切実に訴える。
音楽的には猛烈なテンポと美しいギターリフが絡み合う、激情と祝福の融合。
2. Eye of the Quarrel
ギターがひたすら不穏な旋律をなぞり続ける、緊張感の塊のような短距離疾走曲。
“争いの中心”にあるのは外敵か、それとも自分自身なのか。
暴力性のなかに自己疑念が潜む。
3. Under Duress
低音重視のスラッジ寄りのトーンが特徴。
“圧力下”というタイトル通り、現代社会における精神的・倫理的プレッシャーがテーマであり、
重苦しいギターと咆哮がその圧を具現化している。
4. Arkhipov Calm
冷戦期に核ミサイル発射を拒否したソ連軍人ヴァシーリー・アルヒポフに捧げられた曲。
「世界を救った沈黙の英雄」に重ねて、怒りではなく理性こそが生き延びる手段であることを音楽で語る。
静と動のバランスが見事なストーリーテリング型トラック。
5. I Can Tell You About Pain
バンド史上最も攻撃的な1分30秒。
痛みの具体性が消え、ただ衝動として爆発する“無名の怒り”の具現。
ミュージックビデオも話題となった暴力的な代表曲。
6. The Dusk in Us
アルバムの表題曲にして、最も静謐で詩的なトラック。
「私たちの中にある夕闇」とは、人間の優しさと残酷さ、祈りと暴力が共存する本質そのものである。
ギターは繊細に鳴り続け、バノンのヴォーカルは叫びではなく**“言葉”として痛みを伝える**。
7. Wildlife
生々しいドラムとノイジーなギターが絡み合う一曲。
“野生”とは、生きるために本能へ立ち返ることであり、文明社会における内なる獣性への目覚めを描く。
8. Murk & Marrow
ドゥーミーで沈み込むような構成が印象的。
“Murk(濁り)”と“Marrow(骨髄)”=視界の曖昧さと本質の深部を掘り下げる、内面的な暗黒。
音そのものが泥濘のようにまとわりつく。
9. Trigger
トリガー=引き金。
暴力の始まりは常に小さな衝動から始まる。
その瞬間の倫理的重さを、音とリリックで明確に突きつける。
短くても極めて鋭い。
10. Broken by Light
光に砕かれるという逆説的イメージは、救いのはずだったものによって壊れる心を描いている。
高速のリズムと刃のようなギターが突き刺さる、アルバム中でもとりわけ痛烈な一曲。
11. Cannibals
「人喰い」とは、単なるホラーではなく、人間が人間を喰らう社会構造=資本主義や戦争の比喩とも読める。
重たく、繰り返しの多い構成が、呑み込まれる感覚を生む。
12. Thousands of Miles Between Us
エモーショナルなギターと反復される旋律が、距離と記憶の不可逆性を象徴する。
かつてのビデオ作品のタイトルでもあり、失われた繋がりへのレクイエムのような印象。
13. Reptilian
ラストを飾る約7分の大作。
“爬虫類的なもの”=冷酷さ、直感的な暴力性、思考なき支配欲を象徴し、現代世界の象徴としての“暴力の継承”を突く。
終盤に向けて音の壁が圧倒的に広がり、“絶望と美の同居”を完璧に体現したフィナーレである。
総評
『The Dusk in Us』は、Convergeというバンドの成熟と進化の証明であり、激情のその先にある“言葉の重さ”を丁寧に拾い上げた作品である。
本作において彼らは、音の激しさだけでなく、静けさ、沈黙、問いかけといった非言語的な情動までも作品に取り込んでいる。
それはハードコアというジャンルの限界を超え、“芸術としての怒り”をどう語るかという次元に達している。
激情は燃え尽きるものではなく、**深化し、鋭利な光と影を纏いながら語り続けることができる――**その姿勢が全編に宿る。
このアルバムを聴くということは、自分の中にある夕闇と向き合うことであり、
そしてそれを拒絶するのではなく、その影に名前を与え、共に生きるという決意を音楽として刻むことなのだ。
おすすめアルバム(5枚)
- Neurosis – Fires Within Fires (2016)
ポスト・メタルと内省的怒りの極北。Convergeと同じく破壊と赦しの美学を追求。 - Cult Leader – Lightless Walk (2015)
カオティックな怒りと静寂の融合。ポストConverge世代の先鋭。 - Oathbreaker – Rheia (2016)
激情と美の狭間を彷徨う詩的ハードコアの名作。 - Touché Amoré – Lament (2020)
喪失と変化を“叫び”と“メロディ”で描き切る。感情の継承者的存在。 - Envy – The Fallen Crimson (2020)
日本発のポスト・ハードコアの雄。『The Dusk in Us』と呼応する感性の持ち主。
歌詞の深読みと文化的背景
『The Dusk in Us』のリリックは、これまで以上に社会的な視座と倫理的な内省に満ちている。
“Arkhipov Calm”のように実在の人物をモチーフにした曲もあれば、“Cannibals”のように現代社会の冷酷なメカニズムを暴くものもある。
「夕闇」は、単なる終焉の象徴ではなく、日没後に残る“余熱と闇”の象徴である。
それは、暴力と優しさが共存する人間性そのものであり、光でも闇でもなく、その両方を抱えてなお生きようとする姿勢に他ならない。
バノンはこの作品で、声を荒げるのではなく、言葉を信じ、静かに届けようとする意志を選んだ。
だからこそ『The Dusk in Us』は、激情の時代のあとに訪れる“余韻のアルバム”として、深く、長く響き続けるのである。
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