発売日: 2017年3月24日
ジャンル: ポップ、エレクトロ・ポップ、アコースティック・バラード
概要
『The Afterlove』は、James Bluntが2017年に発表した5作目のスタジオ・アルバムであり、それまでの彼のキャリアの中でも最も大胆な変化と挑戦を含んだ意欲作である。
前作『Moon Landing』で“原点回帰”を果たしたBluntは、本作でその路線を踏襲するかと思いきや、ポップシーンの潮流に真正面から向き合い、エレクトロ・ポップやEDM的な要素を大々的に導入。
プロデュースには、Ed SheeranやRyan Tedder（OneRepublic）、Steve Robsonといった現代ポップの第一線を担う面々が参加しており、これまでのJames Bluntの“感傷的なピアノ・バラード”というイメージを鮮やかに塗り替えるサウンドに仕上がっている。
それでも、失恋や孤独といった彼本来のテーマは健在であり、タイトル「The Afterlove（愛のあと）」が示すように、「恋が終わったあとの人生」と向き合う姿が全編に通底している。
本作は、“傷を癒すための音楽”から、“傷を抱えながら踊る音楽”への転換を意味しており、James Bluntというアーティストの可能性を再確認させると同時に、驚きと親しみをもたらす作品となっている。
全曲レビュー
Love Me Better
アルバムのオープニングを飾る軽快なエレクトロ・ポップ。
Ed Sheeranとの共作で、James Blunt自身の“過去のイメージ”を逆手に取りながら、開き直ったユーモアと自己肯定を歌い上げる。
「かつては悲しい男だったけど、今は自分を愛せるようになった」という宣言のような楽曲。
Bartender
失恋の痛みを酒場で紛らわせる、ファンキーなアップテンポ・トラック。
シンセとリズムが前面に出たアレンジで、歌詞の内容とは裏腹に、非常にダンサブルな雰囲気がある。
MVではコミカルな演出もあり、Bluntの新境地が鮮やかに表れている。
Lose My Number
別れを告げられた側の戸惑いと強がりを描いた軽快な楽曲。
メロディはポップだが、歌詞には切なさと皮肉が込められており、James Bluntらしい“悲しみのユーモア”が光る。
語りかけるようなヴォーカルとミニマルなビートが特徴的。
Don’t Give Me Those Eyes
アルバム随一の正統派バラード。
「そんな目で見ないでくれ」と語るような歌詞は、過去の恋を思い出させる瞬間のリアルな感情を描写している。
ストリングスとピアノがシンプルに感情を支え、Bluntのボーカルの魅力が最大限に発揮された一曲。
Someone Singing Along
孤独を感じる瞬間に、遠くで“誰かが歌っている”という希望を描いた、心温まる楽曲。
ややフォーク調のギターが、テクノロジーに寄った他の楽曲とのバランスを取っている。
希望と共感をテーマにした小品的佳曲。
California
アメリカ西海岸の解放感と、恋愛の“高揚感”を重ねた爽快なナンバー。
夏の終わりやドライブにぴったりの、明るくもどこか切ない曲調が印象的。
音数の少なさが逆に洗練されたポップセンスを引き立てている。
Make Me Better
Ryan Tedderとの共作による壮大なラブバラード。
「君が僕をより良くしてくれる」というテーマは普遍的でありながら、アレンジにはエレクトロ要素が加わり、現代的なスケール感を伴っている。
アルバム後半のハイライトのひとつ。
Time of Our Lives
若き日々の輝きとその儚さを回想する、シンセ・ドリームポップ風の楽曲。
「かつてのあの瞬間が、今も胸の中で光っている」というリリックが美しい余韻を残す。
どこか懐かしさを感じさせるトーンが魅力。
Heartbeat
アコースティックとエレクトロを融合させた、心拍＝感情の高まりをテーマにしたラブソング。
「君の一歩近くに来るたび、僕の鼓動が加速する」というシンプルながら力強いメッセージが込められている。
アルバム中でもっとも“恋の始まり”に近い感覚を描く。
Paradise
アルバムのラストを飾る、希望と解放のバラード。
「楽園は遠くではなく、すぐそこにある」と語りかける歌詞が、失恋や孤独を越えた“その先の景色”を見せてくれる。
静かでありながら前向きな、穏やかな着地を感じさせる締めくくり。
総評
『The Afterlove』は、James Bluntが“変化”を恐れず、音楽のトレンドと自分自身のアイデンティティの間で見事な着地を見せたアルバムである。
エレクトロ・ポップや現代的プロダクションの導入によって、“悲しみのバラード”だけではないJames Bluntの多彩さが浮き彫りになっている。
特に、「Love Me Better」や「Bartender」などに見られるユーモアと自嘲、そして「Don’t Give Me Those Eyes」や「Make Me Better」で見せる誠実で崩れそうな感情表現は、これまでの彼のファンにとっても新鮮な驚きとなった。
本作の最大の特長は、“失恋”や“喪失”を描きながらも、そこにとどまらず“踊りながら進んでいく”という姿勢にある。
それは、かつて「Goodbye My Lover」で涙を誘った男が、「笑い飛ばしながら生きる術」を手に入れたことの証であり、年齢とともに変わる愛のかたちを見せてくれる。
『The Afterlove』は、James Bluntの“再定義”を果たしたアルバムであり、彼がどれだけ柔軟で、表現者として成熟してきたかを物語っている。
おすすめアルバム（5枚）
- Ed Sheeran / ÷（ディバイド）
本作にも参加したEdとの共通点が多く、バラードとポップのバランスが近い。 - OneRepublic / Native
Ryan Tedderのプロデュース作品で、現代的なサウンドと感情的メロディが重なる。 - Sam Smith / The Thrill of It All
失恋と回復を描いたバラード中心の構成がBluntの世界観と親和性が高い。 - Troye Sivan / Bloom
エレクトロニックな感情表現と詩的なリリックで、“踊れる内省”というテーマが共鳴する。 -
Bastille / Wild World
現代の不安をテーマにしながら、ポップとして完成度が高く、Bluntの変化とリンクする空気感を持つ。
歌詞の深読みと文化的背景
『The Afterlove』の歌詞には、「自己再評価」「失恋のその後」「愛の不在をどう生きるか」といった、現代的で個人的な問いが貫かれている。
SNS時代の孤独や、即時性の恋愛文化に対する揺らぎも散見され、「Love Me Better」や「Lose My Number」には、現代の恋愛コミュニケーションの軽さへの皮肉が込められているとも読める。
また、Ed Sheeranとのコラボレーションは、James Bluntが“若いリスナーと接続する努力”をした象徴的な試みであり、これは単なるマーケティング戦略ではなく、「変わることを恐れない」というBlunt自身の決意の表れでもある。
『The Afterlove』は、「愛のあとに何が残るか」を問うと同時に、「愛を失っても、自分はまだ歌える」という新たな希望の物語でもあるのだ。
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