発売日: 2020年11月20日
ジャンル: インディーロック、スロウコア、オルタナティブロック
概要
『Tell Me Your Mind and I’ll Tell You Mine』は、リヴァプール出身のデュオ、King Hannah（ハンナ・メリットとクレイグ・ウィッティンガム）が2020年にリリースしたデビューEPであり、彼らの音楽世界を初めて世に知らしめた重要な作品である。
このEPでは、スロウコア、ドリームポップ、オルタナティブロックを自然に融合させた、憂いと重さをたたえたサウンドが展開されている。
King Hannahの音楽は、静かな怒り、沈黙の中に潜む感情、そして夜の匂いを纏ったような世界観を特徴としており、それはこのEPの時点で既に確立されていた。
タイトル『Tell Me Your Mind and I’ll Tell You Mine』は、親密さと防衛、信頼と恐れといった相反する感情の交錯を示しており、EP全体が「心を開くこと」の怖さと、それでもなお求めてしまう切実さを繊細に描き出している。
この作品により、King Hannahは一躍注目を集め、デビューアルバム『I’m Not Sorry, I Was Just Being Me』へと続く道を鮮やかに切り拓いたのである。
全曲レビュー
1. And Then Out of Nowhere, It Rained
静寂の中に少しずつ降り積もるような、緊張感のあるオープニング。
ミニマルなギターとハンナ・メリットの囁くようなボーカルが、濡れたアスファルトのような空気を作り出している。
2. Meal Deal
日常のささいなシーンを捉えた曲。
退屈さと、そこに潜む小さな不安や違和感が、乾いたトーンで描かれている。
ミッドテンポのギターリフが、じわじわとリスナーの感覚を麻痺させていくようだ。
3. Bill Tench
おぼろげなノスタルジアと焦燥感が交錯するナンバー。
メランコリックなメロディと、じんわりと滲むリバーブが、記憶の彼方に引きずり込む。
4. Crème Brûlée
ハイライトのひとつ。
甘くもほろ苦い関係性を、淡々と語るようなボーカルと、柔らかく揺れるギターサウンドで表現している。
終盤にかけてのダイナミックな広がりも圧巻。
5. The Sea Has Stretch Marks
詩的なタイトルが示す通り、自然と人間の境界線を思わせる叙情的な小品。
ほぼインストゥルメンタルに近いが、静かな情感が全編に満ちている。
6. Reprise (Moving Day)
ラストを飾る、静謐なクロージング。
終わりと始まりが交錯するような、微かな希望と寂寥感が滲む。
過去を振り返りながらも、ゆっくりと次の場所へ進んでいく余韻が美しい。
総評
『Tell Me Your Mind and I’ll Tell You Mine』は、King Hannahというアーティストの核を鮮やかに提示したデビューEPである。
この作品には、彼らが持つ最大の武器――「言葉少なにして圧倒的な存在感を放つ音楽」が凝縮されている。
一見、控えめで地味に映るかもしれない。
だが、耳を澄ませば澄ますほど、King Hannahの音楽には濃密な感情と深い陰影が潜んでいることに気づかされる。
サウンド面では、スロウコア特有の間と空気感が存分に活かされ、ミニマルな編成にもかかわらず、圧倒的な広がりと奥行きを感じさせる。
そしてハンナ・メリットのボーカルは、決して叫ばず、囁きながらも、聴く者の心に確かな爪痕を残していく。
『Tell Me Your Mind and I’ll Tell You Mine』は、沈黙と静寂をもって世界を語る、稀有なデビュー作なのである。
おすすめアルバム（5枚）
- Low『Things We Lost in the Fire』
スロウコアの美学を極めた、静かな情熱に満ちた作品。 - Mazzy Star『Among My Swan』
ほの暗いドリームポップと繊細な叙情性を共有する。 - Red House Painters『Ocean Beach』
憂いと静けさの中に深い情感をたたえたアルバム。 - Grouper『Dragging a Dead Deer Up a Hill』
霞がかったサウンドと、記憶のような歌声の親密さ。 - Jessica Pratt『Quiet Signs』
囁くような歌とミニマルなアレンジによる内省的な世界観。
制作の裏側（Behind the Scenes）
『Tell Me Your Mind and I’ll Tell You Mine』は、King Hannah自身のセルフプロデュースにより、リヴァプールの小規模なスタジオで録音された。
制作にあたっては「空間の使い方」に特にこだわり、音を詰め込みすぎず、むしろ「余白」や「静けさ」が楽曲の一部として機能するよう意識されたという。
また、ギターサウンドにはヴィンテージアンプとアナログエフェクトが多用され、意図的に少し滲んだような質感を持たせることで、夢と現実の境界を曖昧にするような音像が作り上げられている。
このような制作姿勢が、King Hannahならではの独自の空気感を生み出しているのである。
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