発売日: 2017年2月24日
ジャンル: ポストパンク、ニューウェイブ、ドリームポップ、アートロック
概要
『Take Me to the Trees』は、Modern Englishが2017年に発表した通算8作目のスタジオ・アルバムであり、
オリジナル・ラインナップ(ロビー・グレイ、マイケル・コネリー、ゲイリー・マクダウェル、スティーヴ・ウォーカー)が34年ぶりに再集結した“原点回帰と更新”の記録である。
1982年の金字塔『After the Snow』から35年、
一度はポップ化、解散、再編、静かな再起を経たバンドが、本作で目指したのは、「なぜ自分たちは音楽を始めたのか」という最も純粋な問いへの回帰だった。
タイトルの “Take Me to the Trees(木々のもとへ連れて行って)” は、
都市の騒音から離れ、自然のなかで“本当の声”を探すようなニュアンスを含み、
同時にそれは、ノイズ、構造、産業性に覆われた音楽シーンからの距離の取り方でもある。
音楽的には、初期のポストパンク/ニューウェイブの感触を忠実に再現しながらも、
時間を経た演奏と成熟した視点が加わることで、瑞々しさと枯淡が共存する、稀有なアルバムへと昇華されている。
全曲レビュー
1. You’re Corrupt
ザラついたギターリフと、不穏な緊張感で幕を開ける本作の導入部。
「お前は腐っている」と繰り返す歌詞は、社会批判とも、過去の自分への告白とも取れる。
ポストパンクの攻撃性と、現代的な無力感が同居するトラック。
初期Joy Divisionにも通じる、鋭利で湿った衝動が甦る。
2. Moonbeam
リズミカルでどこか幻想的。
“月の光”というタイトルに相応しく、静けさと浮遊感を備えたドリームポップ調のナンバー。
ギターのアルペジオが織りなす音のレースが、内面の記憶と感情を優しくなぞるように響く。
歌詞の語り口は抽象的で、夢と現実の境界線を曖昧にする作風。
3. Trees
アルバムのキートラックにしてタイトル由来の楽曲。
“森へ連れていってくれ”という呼びかけは、現代社会のノイズから離れ、静寂と本質へ還るというテーマを象徴する。
音数は少なく、ギターと声が剥き出しのまま響く。
ロビー・グレイの老いた声が、むしろ深く刺さるようなリアリティを生んでいる。
4. Flood of Light
明るさと重さの入り混じる、モダンなニューウェイブ感覚に満ちたアップテンポ・ナンバー。
“光の洪水”という表現に反して、リリックはむしろ圧倒される側の視点に立っており、
希望と眩しさの裏にある痛みを描き出している。
この感情の複層性こそ、Modern Englishの真骨頂。
5. Sweet Revenge
パンキッシュなビートと歪んだギターが印象的な楽曲。
タイトルどおり、復讐をテーマにしているが、
それは憎しみというよりも、過去の自分や未完の思いに対する決着のような、内的で静かな怒り。
歌詞もサウンドも、若さではなく経験が生む迫力を感じさせる。
6. Song for a Good Son
本作中もっともメランコリックで、切実な感情が込められたスロー・ナンバー。
“良き息子に捧げる歌”という視点は、世代間の断絶や継承、愛と不器用さの絡まりを描く。
非常にパーソナルな内容だが、普遍的な「語りかけ」の力に満ちている。
サウンドも極限まで削ぎ落とされ、沈黙すら音楽として機能する名曲。
7. Something’s Going On
ダンサブルなビートとクールなギターが特徴の、
80年代後期ニューウェイブの匂いを強く残したナンバー。
“何かが起きている”という不安とも期待とも取れるフレーズが繰り返され、
情勢不安や個人の内的変化など、あらゆる読みが可能な汎用性を持つ。
ライブ向きの一曲。
8. Come Out of Your Hole
アグレッシブかつ挑発的なトラック。
“穴から出てこい”というフレーズは、閉じこもる心や無関心な大衆への揺さぶりとしても読める。
リズムはタイトで、ギターもエッジー。
本作で最も“動”の力を宿した瞬間。
総評
『Take Me to the Trees』は、Modern Englishが長い時を経て自らの原点に向き合いながら、今この時代に響く音楽を再定義しようとした静かな傑作である。
ここには、若き日の激情も、ポップの甘美も、商業主義の欲望もない。
あるのは、風の音、森の影、そして残された記憶と声である。
ノスタルジーでも、完全な更新でもない。
それはむしろ、“生き延びた音楽家が、もう一度世界を見渡し、そのなかに歌を置く”という慎ましい行為なのだ。
Modern Englishはこの作品で、過去を捨てず、未来を急がず、
ただ“今、この音”を誠実に鳴らした。
その誠実さこそが、最も現代的なポストパンクの在り方なのかもしれない。
おすすめアルバム(5枚)
-
Wire – Red Barked Tree (2011)
初期ポストパンク勢の“静かな再定義”。硬質で詩的な再起作。 -
The Sound – Thunder Up (1987)
晩年のポストパンクの成熟と叙情が共存する、深く見落とされがちな傑作。 -
The Chameleons – Why Call It Anything (2001)
再結成後に生まれた、原点と時間の美しい邂逅。 -
Echo & the Bunnymen – Meteorites (2014)
熟練の内省ロック。時間とともに沈む“静かな光”。 -
The Church – Further/Deeper (2014)
ドリーミーな空間性と内面の彷徨が美しく結晶した中期以降の傑作。
コメント