発売日: 1996年4月23日
ジャンル: オルタナティブ・ロック、グランジ、サイケデリック・ロック、エクスペリメンタル
概要
『Sweet F.A.』は、Love and Rocketsが1996年に発表した6作目のスタジオ・アルバムであり、電子音響の迷宮を極めた『Hot Trip to Heaven』の反動として、“ギターとフィードバックの感情”を取り戻すような、ロック回帰の野心作である。
タイトルの“F.A.”は“f**k all”──つまり「全くの無」と「甘美な何もなさ」を意味するイギリス英語の俗語。
90年代半ばというグランジとオルタナティブの終焉期にあって、Love and Rocketsは再び“生々しいバンド・サウンド”に立ち返りながら、なおもサイケとノイズ、内省と爆発のあいだを漂っていた。
アルバム制作中にはスタジオが火災で全焼するというトラブルに見舞われたが、その災難すらも創作のモチーフと変換し、全編に渡って「儚さ」と「再生」のエネルギーが通底している。
本作で彼らは、Bauhausでも、初期Love and Rocketsでもない、“成熟した異端者”としてのロックの在り方を静かに、そして強く提示したのである。
全曲レビュー
1. Sweet F.A.
タイトル曲にして、本作の精神を象徴するミディアム・ナンバー。
轟音ギターとドラムのミニマルな反復、そして耳元で語りかけるようなDaniel Ashのヴォーカルは、爆発寸前の静けさと壊れかけた抑制を同時に孕む。
「これは甘美な“何もない”の讃歌である」とでも言いたげな、空白とノイズの均衡。
2. Judgement Day
激しいディストーション・ギターが唸る、グランジ的な重力を持つ楽曲。
「審判の日」をテーマに、世界の終わりと自己解体のカタルシスをストレートなロックにぶつけている。
Love and Rocketsがここまで“ヘヴィ”に振り切ったのは本作ならでは。
3. Use Me
Daniel Ash流のセクシャル・アグレッションとサイケ・ブルースの融合。
ねじれたファズギターと官能的なビートが支配し、自己崩壊を快楽として享受する倒錯的世界観が描かれる。
『So Alive』以降の官能路線をより生々しく、暴力的に再構築したような印象。
4. Shelf Life
『Hot Trip to Heaven』にも収録されていたナンバーの再録。
オリジナルに比べてギター主導の骨太なロックに生まれ変わっており、生命の期限や自己の腐敗性に対する風刺が、より物質的なリアリティを帯びている。
サイケとグランジの中間に位置する独特な重量感。
5. Sad and Beautiful World
タイトルからして明白な、壊れた世界への祈りのバラード。
リズムはゆるやかだが、ギターの残響は深く、言葉の行間には膨大な沈黙と余白がある。
破壊と癒し、哀しみと美しさが同居する、このアルバムの“魂の中心”にあたる一曲。
6. Pearls
弦の煌めきとアンビエントなシンセが交差する幻想的なトラック。
“真珠”というモチーフに重ねて、傷の中から生まれる美しさ、変質と生成のメタファーが込められている。
サウンドの質感はエレガントで、かつ不安定。夢と現実の狭間に漂う。
7. Be the Revolution
前作にも登場したナンバーを、よりバンド・アレンジで再提示。
抑えたテンポと語り口はそのままに、“革命とは感情の持続である”というテーマが、よりアナログで人間的に響くようになっている。
90年代的な内省ロックの傑作。
8. Words of a Fool
ダークなベースラインとメタリックなギターリフがリスナーを包囲する、哲学的でスモーキーなナンバー。
“愚者の言葉”というタイトルは、矛盾と混沌の中にこそ真実があるというLove and Rocketsの一貫したスタンスを象徴している。
ヴォーカルは語りに近く、詩のようでもある。
9. Spanish Stroll
ミュージシャンWilly DeVilleによる1977年の楽曲のカバー。
オリジナルの都会的ラテン・ブルースを、Love and Rocketsはスロウで妖艶なインダストリアル・サイケに変換してみせた。
異邦的なリズムと艶やかな音像が、アルバムに異質な熱を加える。
10. Shelf Life (Reprise)
冒頭の「Shelf Life」とは異なるアレンジで再登場するセルフ・リミックス。
ノイズと空間系エフェクトを増し、より音響的・抽象的に解体された“終わりの後”の音楽となっている。
アルバムの閉幕として、心をじわじわと遠くへ連れていく。
総評
『Sweet F.A.』は、Love and Rocketsが90年代の音楽的文脈と向き合いながら、自己のルーツと未来の間に揺れ動く姿を記録した作品である。
それはギターへの回帰であり、ロックという形式への再接続であり、
同時に**“声を上げずに叫ぶ”ような静かなカタルシスの表現**でもある。
火災という象徴的な出来事を経て、彼らが選んだのは“ゼロからの再創造”。
そこには、サイケ、グランジ、アンビエント、インダストリアルの要素が**有機的に溶け合い、“ジャンルではなく情動で聴かれるべき音楽”**が生まれていた。
Love and Rocketsが最後にたどり着いたこの場所は、**決して栄光の帰還ではなく、“静かなる終末の風景”**だったのかもしれない。
おすすめアルバム(5枚)
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Failure – Fantastic Planet (1996)
グランジとサイケの融合、90s後半の感情の地層を掘り下げる作品。 -
The Smashing Pumpkins – Adore (1998)
ロックの外側から“感情の音響化”を図った、内省的ポップの傑作。 -
Nine Inch Nails – The Fragile (1999)
ノイズと静寂、崩壊と耽美が交錯する二枚組の世界観が共鳴。 -
Swans – The Great Annihilator (1995)
重厚なロックと黙示録的詩情の融合。Love and Rocketsの静かな終末感と呼応。 -
David Bowie – 1. Outside (1995)
デジタルとアートロックの接点。Love and Rocketsの終盤作との思想的近さあり。
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