発売日: 1995年6月12日
ジャンル: ユーロダンス、ポップ、ハウス
概要
『Sweet Dreams』は、ドイツを拠点に活動したユーロダンス・デュオ、ラ・ブーシュ（La Bouche）のデビュー・アルバムであり、1990年代のユーロダンス・ブームを象徴する作品のひとつである。
力強くソウルフルなヴォーカルを響かせるメラニー・ソーントンと、ラップを担当するレイン・マックレイのコンビネーションは、当時のダンスフロアに鮮烈な印象を残した。
プロデュースを手がけたのは、同じくドイツのプロデューサーでありユーロダンスの立役者フランク・ファリアン。彼はBoney M.やMilli Vanilliでも知られ、「西欧のスタジオ・ポップ量産システム」の象徴的存在でもある。
本作は世界的なヒットを記録し、特にアメリカでも成功を収めた数少ないユーロダンス・アルバムの一つとして、今なおその影響力を感じさせる。
全曲レビュー
Sweet Dreams
タイトル曲にして、アルバムの幕開けを飾る代表曲。
シンセベースとピアノリフが躍動する典型的なユーロダンス・サウンドに、メラニーの伸びやかなヴォーカルが高らかに乗る。夢と現実を行き来するようなリリックも印象的。
Be My Lover
ラ・ブーシュ最大のヒット曲。
軽快なビートと印象的なコーラスで、世界中のクラブを席巻した。
「Be my lover, wanna be my lover…」という繰り返しは90年代ポップカルチャーの象徴とも言えるキャッチーさ。
Fallin’ in Love
ややミッドテンポで、柔らかいシンセと恋に落ちる瞬間の高揚感を表現。
エモーショナルなヴォーカルに重なるラップが、感情の奥行きを加える。
I Love to Love
「愛することが好き」というシンプルなメッセージをストレートに届けるポップ・トラック。
ソウル・ミュージックの影響も感じさせるヴォーカルが特徴。
Where Do You Go
流麗なピアノ・リフとエネルギッシュなリズムに支えられた、夜の都会を彷徨うようなラブソング。
同時期に人気を博したNo Mercy版との比較も興味深い。
Do You Still Need Me
「今でも私が必要？」という問いを投げかける、内省的なナンバー。
クラブ仕様のアレンジでありながら、哀しみと切なさが滲む。
I’m Gonna Make You Mine
情熱的な愛の宣言を、弾むビートとともに高らかに歌い上げる。
80年代ディスコ・ポップの影響を受けた構成が感じられる。
Take Me 2 Heaven 2 Night
「今夜、天国へ連れてって」という直接的な表現が光る、挑発的なナンバー。
クラブ向けのアップテンポが続く中で、特にエネルギッシュな一曲。
Shoo Bee Do Bee Do (I Like It That Way)
耳に残るリフレインがクセになる、遊び心のあるポップ・ダンス。
サマーソングのような軽やかさが魅力。
Nice ‘n’ Slow
ゆったりとしたテンポで展開されるバラード調ダンス曲。
タイトル通り、ゆっくりと進む愛のプロセスを描写する。
Be My Lover (Remix)
オリジナルよりもさらにアグレッシブなリズムアレンジが施されたリミックス。
クラブプレイに最適なバージョンで、エンディングにふさわしい高揚感をもたらす。
総評
『Sweet Dreams』は、1990年代ユーロダンスの代名詞とも言える作品であり、その量産型ポップの中にも魂のこもったヴォーカルと絶妙なビートのセンスが際立っている。
特筆すべきは、やはりメラニー・ソーントンのパフォーマンスである。彼女の声は、感情表現においてはアメリカン・ソウルの伝統を感じさせ、ヨーロッパの機械的ビートに“人間らしさ”を持ち込んだ。
本作は、一見すると似たようなビートの繰り返しに聞こえるかもしれないが、それぞれの曲には異なる恋愛の風景や感情の強弱が織り込まれており、“夜の恋愛叙情詩”として機能する連作のようにも聴こえる。
ビート、メロディ、コーラス、ラップ、すべてが“わかりやすく、楽しい”。
しかしその奥には、90年代ユーロ圏のダンス・カルチャーが抱えていた移民性、多文化性、音楽的雑種性といった複雑な背景が潜んでいる。
シンプルに踊るもよし、時代の音を回顧するもよし。『Sweet Dreams』は、30年を経た今もなおフロアに響く、永遠のポップ・クラシックである。
おすすめアルバム（5枚）
- Real McCoy『Another Night』
同じくドイツ発のユーロダンスユニット。キャッチーでポップな構成が共通。 - Corona『The Rhythm of the Night』
“夜”をテーマにしたダンス・ナンバーが多く、音のテクスチャーも似ている。 - Haddaway『The Album』
「What Is Love」で知られるエモーショナルなユーロダンスの名盤。 - No Mercy『My Promise』
「Where Do You Go」つながりでの比較にもおすすめ。 -
Culture Beat『Serenity』
力強い女性ヴォーカル×ダンスビートというラ・ブーシュと同系統の魅力を持つ。
6. 制作の裏側（Behind the Scenes）
本作のプロデューサーであるフランク・ファリアンは、70年代からポップス界に君臨し続けてきた“裏方の帝王”ともいえる存在である。
ラ・ブーシュも彼のプロデュース・ネットワークの中から誕生し、世界マーケットを視野に入れた“音の輸出”を前提としたユニットだった。
メラニー・ソーントンもアメリカ出身でありながらドイツで活動していたという事実が、90年代のヨーロッパにおける音楽的越境の典型を物語っている。
また、各トラックの構成や使用されている音源も、AKAIのサンプラー、RolandのTRシリーズなど、当時の最先端クラブ機材が用いられ、スタジオ技術の粋が注がれている。
『Sweet Dreams』は、プロダクションとパフォーマンスの両面において、90年代ユーロダンスの“黄金比”を体現した一枚なのである。
コメント