発売日: 2022年10月21日
ジャンル: ポストパンク、アートロック、エクスペリメンタル、ニューウェイヴ
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概要
『Stumpwork』は、ロンドンの4人組バンド Dry Cleaning によるセカンド・フルアルバムであり、2021年のデビュー作『New Long Leg』の鋭利なポストパンク美学を引き継ぎつつ、よりドリーミーで緩やかな質感、そして内省的ユーモアへとシフトした作品である。
前作では言葉の洪水とポストパンクの緊張感が衝突していたが、今作では余白と滲み、そして“気の抜けた毒”のような響きが支配する。フローレンス・ショウのスポークンワード的ボーカルはより自由度を増し、語るというより“漂う”ようになり、バンド全体もジャズやファンク、エクスペリメンタルなアレンジへと踏み出している。
プロデュースは引き続き John Parish（PJ Harvey、Aldous Harding 等）であり、彼の手腕によってDry Cleaningの鋭角性が、音としての柔らかさと含意のある曖昧さへと変化を遂げた。
タイトルの“Stumpwork”は17世紀ヨーロッパの立体刺繍技法を指すが、ここでは表面的な細工とその背後にある構造（＝意味）をめぐる暗喩として機能している。
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全曲レビュー
1. Anna Calls from the Arctic
アルバムの幕開けにして、“距離感”と“不在”の感覚を音像で描く一曲。北極からの電話という比喩が、孤独と疎外のイメージを抽象的に投げかける。シンセのノイズがうっすらと揺れる。
2. Kwenchy Kups
タイトルの脱力感とは裏腹に、個人の葛藤と社会の矛盾がぼそぼそと語られる。曲調は明るめだが、リリックにはやや攻撃的な毒が含まれている。ショウの「I’m just desperate to be liked」には静かな衝撃がある。
3. Gary Ashby
脱力系ドリームポップナンバー。飼っていた亀（Gary Ashby）が逃げたことをきっかけに、“失われたもの”への無力さをぼやく。形式上はコミカルだが、内容は深い喪失感。
4. Driver’s Story
より実験的なアレンジが施された中速トラック。言葉の断片がリズムに乗らずに浮遊し、ドラムとベースのグルーヴが不穏さを支える。即興性を感じる構成。
5. Hot Penny Day
不快なニュース、公共空間での出来事、家庭内のモノローグ……それらを“ひとつの部屋”の中で重ねたようなコラージュ的楽曲。ギターはノイジーだがリズムはミニマル。
6. Stumpwork
タイトル曲。エフェクトのかかったヴォーカルが特徴で、意味の脱構築がより先鋭化。音と言葉のどちらが主で、どちらが従か、という概念が揺らぐ。
7. No Decent Shoes for Rain
本作のエモーショナルハイライト。淡々としたトーンで、喪失と記憶、そして再生への淡い願いが語られる。バンドアンサンブルの繊細な呼吸が美しい。
8. Don’t Press Me
アルバムの中でもキャッチーな短編。ショウが「Don’t touch my gaming mouse」と繰り返すあたりは、デジタル時代のフェミニズム的境界線を茶化しながらも描いている。
9. Conservative Hell
保守的な政治風土への皮肉をぼんやりと漂わせる。“ヘル”という言葉が頻出するも、その熱量は一切ない。冷静な嫌悪が逆に強い。
10. Liberty Log
即興性の高い実験曲。リズムもメロディもあいまいで、声も一つの“音素材”として扱われている。終盤に向けて崩壊していく構成は、夢の終わりのよう。
11. Icebergs
アルバムラスト。氷山というモチーフにふさわしい静謐さと距離感を持った一曲。サウンドは最もシンプルで、ショウの声がかすかに希望を帯びている。
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総評
『Stumpwork』は、Dry Cleaningというバンドが“語ること”から“曖昧にすること”への移行を遂げた作品であり、ポストパンクという形式を脱構築しながら、新たな音の戯れと沈黙の力を試みたアルバムである。
『New Long Leg』では“無表情の暴力”が支配していたが、今作ではその無表情が“あたたかな無関心”に変わり、どこか寛容な空気すら漂う。
リリックはさらに私的で解釈困難になったが、それゆえに聞き手の「読み」によって何度でも書き換わる余白が残されている。
Dry Cleaningはこの作品で、ポストパンク以後の“言葉の在り方”を、再びひとつ更新した。
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おすすめアルバム（5枚）
- Cate Le Bon『Pompeii』
アートポップの静けさと不条理さが交錯する実験作。 - Broadcast『Haha Sound』
語りとノイズ、夢と記録が揺れる音響的ポエジー。 - The Raincoats『Odyshape』
ポストパンクからの脱皮と“壊れた構成”の美学。 - Aldous Harding『Designer』
声と沈黙を使った抽象的叙情がDry Cleaningと共鳴。 -
Stereolab『Dots and Loops』
政治とユーモア、音響実験とポップの交差点。
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歌詞の深読みと文化的背景
“Stumpwork”というタイトルが示す通り、このアルバムでは「外から見える装飾」と「内側の構造」のズレがテーマとなっている。
Dry Cleaningの言葉は、意味があるようでいて、その都度滑り落ちていく。その滑落こそが、現代における意味と身体性のズレ、言葉と行動の乖離を象徴している。
そして何より、フローレンス・ショウの語りは、“語ることを拒否するフェミニズム”とも読める。その沈黙、平坦さ、冗談めかしさが、現代社会のノイズの中で逆に“鋭い輪郭”を持つのだ。
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