発売日: 1990年6月
ジャンル: インディーポップ、フォークロック、アダルト・コンテンポラリー
概要
『Stray』は、Aztec Cameraが1990年にリリースした4枚目のスタジオ・アルバムであり、ポップ路線を極めた前作『Love』から一転して、内省的で地に足のついたサウンドへと回帰した作品である。
本作では、ロディ・フレイムが一人のソングライターとして、ポップスター的な立ち位置よりも、誠実な音楽家としての表現を再定義しようとしている姿が見える。
アルバム・タイトルの“Stray(はぐれ者)”には、自らの立ち位置を再確認しつつも、業界の流行や既存の枠組みから距離を取ろうとする意志が込められているように感じられる。
音楽的にも、ジャズ、フォーク、カントリー、ブルースといったルーツ志向が見られ、アレンジは質素ながらも深みがある。
80年代的な過剰な装飾を脱ぎ捨て、90年代的な「シンプルな誠実さ」へと向かうその過程は、Aztec Cameraにとっても転機となるものだった。
全曲レビュー
1. Stray
タイトル曲にしてオープナー。
アコースティック・ギターを中心にしたシンプルな編成ながら、心の機微を捉えたリリックが胸に迫る。
「群れからはぐれた存在」としての自己認識が、静かな強さと共に語られる。
2. The Crying Scene
軽快なリズムとポップなメロディを持ちながら、歌詞では別れや喪失が描かれるコントラストが印象的。
「涙の場面」というタイトルが象徴するように、感情の臨界点がテーマとなっている。
エレキギターのアクセントが心地よく、ポップと哀愁の絶妙なバランスを持つ。
3. Get Outta London
政治的・社会的な風刺が込められたユーモラスなナンバー。
軽妙な口調とカントリータッチのアレンジが絶妙に噛み合い、都市生活の矛盾や偽善を軽やかに斬っている。
「ロンドンから出ろ」と繰り返すフレーズは、都市へのアンチテーゼとして機能している。
4. Over My Head
情感豊かなバラードで、内面的な葛藤や恋愛の複雑さを描写。
「手に負えない」と嘆くような歌詞は、誰もが経験する混乱と迷いを言葉にしている。
ピアノとストリングスの控えめな伴奏が、詞の繊細さを引き立てる。
5. Good Morning Britain (with Mick Jones)
The Clashのミック・ジョーンズとの共演による、ポリティカルなロックチューン。
イギリスの社会問題を痛烈に風刺したリリックと、パンク的なエネルギーが注入されたサウンドが融合。
Aztec Cameraらしからぬ攻撃的な側面を見せる、異色にして重要な一曲。
6. How It Is
フォーク的なシンプルなアレンジの中に、人生の不条理と受容を見つめる哲学的な視点が感じられる。
「これが現実」というタイトル通り、冷静で諦観すら帯びた語りが印象的である。
ナイーヴではなく、成熟した視点からの語りが光る。
7. The Gentle Kind
本作でも特に叙情性の高いトラック。
「優しい人種(ジェントル・カインド)」という曖昧で美しいタイトルが示す通り、人間性や思いやりを巡る繊細な思索が展開される。
ジャズ的なコード進行とソフトな演奏が、ロディの優しい声に寄り添う。
8. Notting Hill Blues
ノッティング・ヒルという地名が象徴するように、都市生活の陰影を映し出すブルース風ナンバー。
ミドルテンポのグルーヴに乗せて、都会の孤独や希望の断片が語られる。
サウンドの渋みが、アルバム終盤の余韻として強く残る。
9. Song for a Friend
アルバムを締めくくるのは、敬愛する人物への私的な手紙のような曲。
誠実で直接的なリリックと、ナイーヴな旋律が胸を打つ。
過去作の「We Could Send Letters」や「Killermont Street」に連なる、ロディ・フレイムの真骨頂ともいえるバラードである。
総評
『Stray』は、Aztec Cameraが80年代の華やかさを脱ぎ捨てたあとにたどり着いた、新しい“誠実”のかたちを示したアルバムである。
サウンドは過剰さを排除し、楽曲ごとの世界観やリリックのメッセージ性に重きを置いた構成となっている。
ロディ・フレイムはここで、表面的なポップスター像から離れ、シンガーソングライターとしての信念に立ち返っている。
ジャンルとしてはやや散漫な印象を受ける向きもあるが、それこそが「Stray=はぐれ者」の真意を体現しているともいえるだろう。
商業的なピークを過ぎたともいわれるこの時期に、これほど個人的かつ誠実なアルバムを提示できたこと自体が、Aztec Cameraというプロジェクトの本質を物語っている。
リスナーにとっては、静かに寄り添い、沁み入るような“語り”の音楽として、長く愛され続けるであろう作品である。
おすすめアルバム(5枚)
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Lloyd Cole / Don’t Get Weird on Me Babe (1991)
フォークとジャズを織り交ぜた知的で内省的なソングライティング。 -
The Blue Nile / Hats (1989)
静かなアレンジと深い感情性が共鳴するアルバム。 -
Prefab Sprout / Jordan: The Comeback (1990)
ポップと宗教的・文学的テーマが同居する90年代的名作。 -
Paul Weller / Wild Wood (1993)
フォーク・ロック回帰と大人のロマンティシズムが共通。 -
David Gray / Flesh (1994)
アコースティック中心の叙情的な楽曲と、誠実なリリックの力。
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