Still Crazy After All These Years by Paul Simon(1975)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Still Crazy After All These Years」は、Paul Simonが1975年にリリースした同名アルバムのタイトル・トラックであり、彼のキャリアの中でも最も内省的で成熟したバラードのひとつとして広く評価されています。
歌詞は、かつての恋人との偶然の再会をきっかけに、過ぎ去った日々と、変わらない自分自身への驚きと受容を、静かに、そしてほろ苦く綴るものです。

タイトルの「Still Crazy After All These Years(あれから何年も経つのに、まだおかしなままさ)」という言葉は、時が経っても変わらない自己認識の不安定さ、人生の不可解さへの皮肉交じりの感慨を表現しており、これはポール・サイモンならではの“感情と知性のバランス”が見事に結晶した一節と言えるでしょう。

この曲は、人生の旅路において人がどのように過去と向き合い、自分の変化(あるいは変化のなさ)を受け入れるかを、時間の流れに乗せて詩的に描いた作品です。

2. 歌詞のバックグラウンド

1970年代中盤、ポール・サイモンSimon & Garfunkelの解散後、ソロとして高い評価を受けながらも、私生活では離婚、再婚、恋愛の浮き沈みを経験していた時期でした。
この曲は、そうした人生の節目にある男の、静かで切実な感情の吐露とも言える内容になっています。

アルバム『Still Crazy After All These Years』は、1976年のグラミー賞で年間最優秀アルバムを受賞しており、本曲はその中心的存在です。ジャズ的なハーモニーとメロウなメロディ、抑制されたアレンジが、歌詞に含まれる感情の複雑さと成熟した視点を引き立てています。

なお、この曲にはMichael Breckerによるサックス・ソロも含まれており、音楽的にもリリカルかつメランコリックな響きが、歌詞の叙情性と絶妙に融合しています。

3. 歌詞の抜粋と和訳

引用元:Genius – Paul Simon / Still Crazy After All These Years

“I met my old lover on the street last night”
「昨夜、昔の恋人に通りで偶然会った」

“She seemed so glad to see me, I just smiled”
「彼女は本当に嬉しそうだった、僕はただ微笑んだ」

“And we talked about some old times / And we drank ourselves some beers”
「昔のことを少し話して/一緒にビールを飲んだ」

“Still crazy after all these years”
「あれから何年も経つのに、僕はまだおかしいままさ」

“Four in the morning / Crapped out, yawning”
「朝の4時/疲れてあくびして」

“Longing my life away”
「人生をただ、思い焦がれていた」

これらの詩句には、日常の一場面のようなリアルな会話と描写の中に、深い感情の揺れが詰まっています。再会の場面に派手な演出はなく、ただの“偶然”として描かれるからこそ、過去が今に溶け込んでくる感覚が自然に表現されているのです。

4. 歌詞の考察

「Still Crazy After All These Years」は、“変わらなさ”を歌った歌です。ただし、それは単に未熟さや未練を嘆くものではなく、自分という人間の一貫性、矛盾、あるいは人生そのものの不可解さを、あくまで受け入れる姿勢を持っています。

この曲では、再会した元恋人とのやりとりがきっかけとなって、語り手の心が“今”と“過去”の間を行き来します。そして、ふとした瞬間に自分が「まだ狂っている」と気づく――それは自己の進化が見えず、あるいは変わらぬ情熱や傷が残っていることに対する静かな驚きでもあります。

注目すべきは、「Still Crazy」という言葉の使われ方です。ここでの“Crazy”は、文字通りの狂気ではなく、常に落ち着かず、どこか焦燥を抱えている精神のあり方を表しています。そして、時間が流れてもそれが変わらないことに対して、語り手はもはや笑うしかないような、諦めにも似たユーモアと受容を込めてこのフレーズを繰り返します。

こうした**“変わらない自分を抱きしめる”態度**こそが、この曲の最大のテーマであり、同時に誰もが年齢を重ねる中でどこかで感じる普遍的な感情でもあります。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • The Boxer” by Simon & Garfunkel
     過去の傷と闘いを叙情的に綴った、ポールの代表作のひとつ。

  • “River” by Joni Mitchell
     喪失と回顧、冬の静けさをまとった極上の内省バラード。

  • “A Heart in New York” by Art Garfunkel
     ニューヨークの喧騒と孤独を繊細に描いた、ソフトな語り口の楽曲。

  • “Vincent” by Don McLean
     芸術家の孤独と“狂気”を静かに讃える、感受性豊かな一曲。

  • “Late in the Evening” by Paul Simon
     ノスタルジーと人生の転換点を、軽快なビートに乗せて描いた名曲。

6. 静かな名残と確信——「今もなお、おかしなままさ」と笑える強さ

「Still Crazy After All These Years」は、人生の折り返し地点に立った大人が、過去と向き合い、自分の変わらなさを笑い飛ばすことの尊さを描いた楽曲です。
ポール・サイモンはここで、苦悩を美化せず、感情を過剰に盛り上げることなく、ただありのままの人間の姿を淡々と歌い上げています。

その冷静さと詩的な感性のバランス、そして静かに沁みわたるジャズ調のサウンドが、曲全体をより深く、より優しく包み込みます。


「Still Crazy After All These Years」は、“変わらない自分”を発見したときの驚きと、そんな自分をそっと受け入れるための静かなバラード。ポール・サイモンが描くのは、成熟の果てにたどり着いた、“そのままでもいい”という人生への合意である。

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