Some Candy Talking by The Jesus and Mary Chain(1986)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Some Candy Talking」は、The Jesus and Mary Chainが1986年にリリースしたEPの表題曲であり、シングルとしても発表された作品である。前作『Psychocandy』のノイズに包まれた音像とは異なり、甘美でメロウなギターのリフと穏やかなボーカルが印象的なこの楽曲は、バンドの中でも最も静かで内省的なトーンを持つ曲のひとつである。

歌詞は一見、恋愛や官能的な感情を穏やかな口調で綴っているように見えるが、その内側には性的な衝動と抑圧、そして言葉にできない欲望の気配が漂っている。「Candy(キャンディ)」という単語は、単なるお菓子ではなく、“甘い誘惑”や“禁じられたもの”の象徴として機能しており、その“キャンディについて語る”という行為は、純粋さと背徳の境界線を曖昧にする。

この曲が醸し出す独特の甘さと不穏さは、まさにThe Jesus and Mary Chainの本質とも言える“官能と破滅のバランス”を体現しており、80年代のイギリス・インディーシーンの中でも異彩を放つ存在感を持っている。

2. 歌詞のバックグラウンド

「Some Candy Talking」は、The Jesus and Mary Chainの初期EP『Some Candy Talking』のタイトル・トラックとして1986年に発表され、同年のUKチャートで13位を記録。彼らにとって『Psychocandy』後初の新曲であり、次作『Darklands』への橋渡しとなる過渡期的な意味合いを持った作品でもある。

この曲はBBC Radio 1での放送禁止を受けたことでさらに話題となった。BBCは歌詞に含まれる“キャンディ”という表現を、ドラッグやセクシュアリティのメタファーと解釈し、公共放送にはふさわしくないと判断した。バンド側は「すべてはリスナーの解釈次第だ」と主張したが、この騒動によって楽曲はかえって多くの関心を集めることとなり、カルト的な評価を高めた。

音楽的には、彼らが影響を受けたヴェルヴェット・アンダーグラウンドやフィル・スペクター的な「ウォール・オブ・サウンド」の手法を、より静かでミニマルな形で表現したスタイルが特徴的であり、轟音の中のメロディという『Psychocandy』的手法から、沈黙と密やかな緊張感へとアプローチを変えた第一歩でもあった。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下に「Some Candy Talking」の印象的な一節を抜粋し、日本語訳を添えて紹介する。

Said the hero in the story / It is time for you to go
物語の中のヒーローが言った——もう行く時間だよ、と

Said the heroine in the story / I love you more than words can say
物語の中のヒロインが言った——言葉にできないほど、あなたを愛してる

She said some candy talking / Oh it’s so mean and mean and mean
彼女は「キャンディの話」をした——あまりにも意地悪で、残酷な響きで

She said some candy talking / Oh it’s so free and clean
彼女は「キャンディの話」をした——それは自由で、澄んでいて

引用元:Genius Lyrics – Some Candy Talking

4. 歌詞の考察

「Some Candy Talking」の詩は、明確な物語構造やメッセージを持たず、あくまで断片的なイメージの積み重ねによって情緒を描いている。語り手と“彼女”との間に交わされる会話のようなやりとりのなかで、“キャンディの話”が繰り返されるが、その意味は明示されず、聞く者の想像に委ねられる。

この「キャンディ」という象徴は、欲望、誘惑、純粋さ、残酷さ、自由といった、対立する感情をすべて包含しており、まさに“甘くて危険なもの”のメタファーとなっている。その曖昧さこそがこの曲の最大の魅力であり、聴くたびに異なる物語が浮かび上がってくるような詩的構造を生み出している。

また、“ヒーローとヒロイン”というフィクションめいた語り口からは、恋愛や欲望といった生々しいテーマを“物語”という仮面で覆い隠す、ある種のナルシシズムや逃避願望も感じられる。それは、感情を直接的に表現することを避けると同時に、逆にその奥にある真実をより際立たせる効果を持つ。

曲全体のトーンは非常に内省的で、ロマンティックでありながらも決して幸福ではない。“I love you more than words can say(言葉にできないほど愛してる)”という一節が象徴するように、言葉では届かない想いが、そのまま“音楽”として鳴らされているかのようだ。

※歌詞引用元:Genius Lyrics – Some Candy Talking

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Jesus by The Velvet Underground
    宗教的なテーマを持ちながらも、内面的な静けさと迷いを描くバラード。静かな衝撃が似ている。

  • Sea, Swallow Me by Cocteau Twins & Harold Budd
    幻想的でありながら官能的な響きを持つ、ドリーム・ポップの名品。
  • Hope Sandoval & the Warm Inventions – Suzanne
    抑制された感情と夢幻的なサウンドのなかに潜む欲望と孤独。

  • Cigarette Daydreams by Cage the Elephant
    現代的なポップ・ロックの文脈で描かれる、言葉にならない感情と空白の美学。

6. “言葉にならない欲望”が漂う、沈黙のラブソング

「Some Candy Talking」は、The Jesus and Mary Chainが“騒がしさ”の裏に隠していた繊細な感情を、初めて静かなトーンで表現した重要な楽曲である。この曲における最大の特徴は、“何も明確に語られない”ということ。だがその沈黙の中には、恋と欲望、純粋さと破滅、快楽と後悔が、濃密な気配として漂っている。

このような“詩的な曖昧さ”と“内なるノイズ”を音にしたという点で、「Some Candy Talking」はポストパンクやシューゲイザーという枠組みを超えた、感覚の文学作品とも言えるだろう。人はときに、はっきりした意味を持たない言葉や音に、もっとも強く心を動かされる——この曲はその感覚の証明である。

甘くて、危険で、どこか遠い。その“キャンディの話”は、今日もまた、聴く者の心に謎を残しながら、そっと口の中に溶けていく。

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