Slow Dog by Belly（1993）楽曲解説

楽曲レビュー

2025.05.09

1. 歌詞の概要
2. 歌詞のバックグラウンド
3. 歌詞の抜粋と和訳
4. 歌詞の考察
5. この曲が好きな人におすすめの曲
6. 荒々しさと慈しみの同居：撃つという行為の裏にあるもの
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1. 歌詞の概要

「Slow Dog（スロウ・ドッグ）」は、Bellyのデビュー・アルバム『Star』（1993年）に収録された楽曲であり、その暴力的なイメージと奔放なギターサウンド、そしてTanya Donellyの謎めいたボーカルが交錯する、アルバム中でも特に不穏で印象的な一曲である。

曲の表面的なストーリーは、「遅い犬（slow dog）」を撃つというショッキングなイメージを中心に展開していく。そのまま受け取れば動物虐待のような過激な内容だが、実際にはこの“犬”はメタファーであり、“役に立たないもの”や“期待に応えられない存在”、“負い目を感じる何か”を象徴していると解釈されることが多い。

歌詞には、怒り、屈辱、暴力衝動、そして破壊と赦しが同居しており、リスナーは語り手の内面をそのまま覗き込むような、強烈にパーソナルで揺らぎのある感情の渦に巻き込まれていく。語り手はなぜ“犬”を撃ちたいのか？なぜそこに悲しみと残酷さが共存しているのか？それらが最後まで明かされることはなく、曲全体が不穏な問いかけとして聴き手の中に残る。

2. 歌詞のバックグラウンド

Tanya Donellyはこの曲について、はっきりとした説明を避けているが、それが却って「Slow Dog」の曖昧さと強さを高めている。Donellyは多くの曲で、子供の視点、動物や神話、家族、トラウマといった要素を重ね合わせて詩的に表現しており、この曲もその系譜にある。

“犬を撃つ”という表現は、愛していたものを手放す行為、あるいは自分の中の弱さや未熟さを断ち切る暴力的な衝動の象徴ともとれる。Tanyaのボーカルは、その行為に対する興奮と罪悪感、そして悲しみをすべて同時に孕んでおり、その感情の複雑さがこの楽曲の核心となっている。

サウンド的には、歪んだギターとヘビーなドラムが支配する、Bellyとしては比較的グランジ色の強いアレンジが施されている。これは「Feed the Tree」や「Gepetto」のようなドリーミーなサウンドとは一線を画し、バンドの“ダークサイド”を提示したナンバーとして際立っている。

3. 歌詞の抜粋と和訳

She’s a slow dog
She’s gonna get it
彼女は“遅い犬”
きっと撃たれる運命にある

She’s gonna get it good
しっかりと撃たれる

I got my hands full of four-leaf clovers
四つ葉のクローバーを両手いっぱいに持っているけど

And there ain’t room for no more
もうそれ以上は持てないんだ

Slow dog would have gotten it right
If she could have kept it in her hands
“遅い犬”はきっと、正しくやれた
もしそれをしっかりと掴んでいられたなら

※ 歌詞の引用元：Genius – Slow Dog by Belly

これらのフレーズは、語り手が誰か（もしくは自分自身）を“使えないもの”と見なしながらも、同時にその喪失を惜しんでいることを示している。「四つ葉のクローバー」は幸福や奇跡の象徴だが、持ちすぎてもう持てないという矛盾は、過剰な期待や負担、感情の飽和を暗示しているようにも見える。

4. 歌詞の考察

「Slow Dog」は、Tanya Donellyの歌詞の中でも特に激しく、そして曖昧な感情を宿した曲である。犬は、しばしば忠誠や愛情の象徴として扱われる存在だが、ここでは“遅い（slow）”という形容によって、それが欠点として突きつけられている。役に立たないから撃たれる――という一見冷酷な論理は、現代社会の“役割重視の人間関係”や“成果主義”をも思わせる。

ただし、この曲の語り手は決して完全な加害者ではない。むしろ、撃つ側と撃たれる側の両方に感情移入しており、その矛盾が非常に人間的だ。何かを壊さずには進めないとき、人はその対象に対して怒りと愛情を同時に抱くことがある。その心理の綾こそが、この楽曲の真のテーマなのかもしれない。

また、「Slow Dog」はBellyのなかでも特に“身体感覚”の強い楽曲であり、歌詞の中の行動や言葉、呼吸、音の揺れに至るまで、すべてが“生々しさ”を持って迫ってくる。ポエティックでありながら、どこか土臭く、痛みを帯びたロックソングとして響く。