
発売日: 1982年5月
ジャンル: ブルースロック、レゲエ、ニューウェーブ、アダルトコンテンポラリー
概要
『Sheffield Steel』は、ジョー・コッカーが1982年に発表した9作目のスタジオアルバムであり、
彼のキャリアにおける鮮やかな復活劇を飾った重要作である。
長らく低迷期にあったコッカーだが、本作では、
クリス・ブラックウェル率いるアイランド・レコードに移籍し、
レゲエ界の伝説的リズムセクション、スライ&ロビー(スライ・ダンバー&ロビー・シェイクスピア)と共演。
さらに、バリー・レイノルズ、ウェイリーン・スミスらアイランド系の精鋭ミュージシャンたちが脇を固め、
ジャマイカのコンパス・ポイント・スタジオで、
ブルース、ソウル、レゲエ、ニューウェーブが交錯する新たなサウンドを生み出した。
アルバムタイトルは、彼の故郷イギリス・シェフィールドと、
そこから生まれた”鋼のように頑丈な魂”を象徴している。
全曲レビュー
1. Look What You’ve Done
ポール・キャラック作のソウルフルなオープニングナンバー。
哀愁を帯びたメロディに、コッカーの枯れた声が美しく重なる。
2. Shocked
ナシー・ホーナー作のレゲエ色濃厚なナンバー。
リズム隊のグルーヴが心地よく、コッカーのボーカルにも自然な軽やかさがある。
3. Sweet Little Woman
バリー・レイノルズ作。
優しさと切なさをたたえた、ミッドテンポのソウル・バラード。
4. Seven Days
ボブ・ディラン作のカバー。
リラックスしたバンドサウンドの中で、コッカーの人間味あふれる歌声が際立つ。
5. Marie
ランディ・ニューマン作のバラード。
シンプルなピアノ伴奏に乗せて、
愛と後悔を静かに、しかし圧倒的な情感で歌い上げる。
6. Ruby Lee
ビル・ウィザーズ作のスウィートソウル。
柔らかいリズムセクションと、温かみあるコッカーの声が溶け合う名演。
7. Many Rivers to Cross
ジミー・クリフ作の名曲カバー。
ゴスペル的荘厳さをたたえながら、
コッカーは自らの”再生への道のり”を重ねるように歌う。
8. So Good, So Right
ブレンダ・ラッセル作のアーバンソウルナンバー。
都会的で洗練されたムードの中にも、コッカーらしい泥臭さが滲む。
9. Talking Back to the Night
スティーヴ・ウィンウッド作のカバー。
ニューウェーブ感をまとったアレンジで、
夜に向かって語りかけるような静かな力強さを見せる。
10. Just Like Always
ドニー・フリッツ&ダニー・ハサウェイ作。
切ないバラードでアルバムを締めくくる。
“いつもと同じように”という祈りのようなフレーズが、深い余韻を残す。
総評
『Sheffield Steel』は、
ジョー・コッカーが70年代の混沌を抜け出し、
新たな時代へと静かに、しかし確かな再起を遂げたアルバムである。
ここには、『Mad Dogs & Englishmen』のような爆発力も、
『I Can Stand a Little Rain』のような繊細なバラード中心の構成もない。
だが、より成熟した、より広い音楽的世界を見渡すコッカーがいる。
ブルース、ソウル、レゲエ、ニューウェーブ――
ジャンルを越えながらも、コッカーの人間臭さと魂の叫びは一貫しており、
どんなサウンドにも”自分自身”を刻み込んでいる。
『Sheffield Steel』は、
「何度倒れても、立ち上がること」
――そんなコッカーの生きざまそのものを映した、
誠実で、力強いアルバムなのである。
おすすめアルバム
- Joe Cocker / I Can Stand a Little Rain
繊細な感情表現を極めた中期の傑作。 - Steve Winwood / Arc of a Diver
ニューウェーブ的サウンドとソウルフルな歌声を融合させた名盤。 - Jimmy Cliff / The Harder They Come
レゲエとソウルの境界線を越えた、永遠のサウンドトラック。 - Robert Palmer / Clues
同じ時期にコンパス・ポイント・スタジオで録音された、洗練されたニューウェーブ/ロック作品。 -
Peter Tosh / Mystic Man
ジャマイカ録音での自由な音楽性を体感できるレゲエ名盤。
歌詞の深読みと文化的背景
『Sheffield Steel』が生まれた1982年――
イギリスではサッチャー政権が登場し、社会の格差と緊張が高まっていた。
アメリカではニューウェーブとMTV時代が到来し、
音楽界は大きな変革期にあった。
そんな中でジョー・コッカーは、
流行に迎合するのでも、古いスタイルに固執するのでもなく、
自らのルーツと新しいサウンドを融合させる道を選んだ。
「Many Rivers to Cross」で歌われる、
“数多くの川を越えなければならない”という言葉は、
まさにコッカー自身の人生と重なる。
失敗、挫折、絶望、そして再生――
『Sheffield Steel』は、
それらすべてを越えてなお、
“歌うことを選んだ男”の、静かな勝利の記録なのである。
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