
1. 歌詞の概要
「Sailin’ On」は、バッド・ブレインズが1982年にリリースしたデビュー・アルバム『Bad Brains』に収録された楽曲である。冒頭から爆発的なスピードで突き進むこの曲は、彼らのハードコア・スタイルを象徴する代表作のひとつであり、後続のパンク/ハードコア・シーンに強烈な影響を与えた。
歌詞の内容はシンプルで、裏切りや失望に対して「もう構っていられない、自分は前に進む」という姿勢を示している。人間関係や社会的状況におけるフラストレーションを断ち切り、自らの進むべき方向へ突き進むという強い意志が込められている。怒りや絶望に囚われるのではなく、それを振り切って「Sailin’ On=船を出して進む」ことこそが解放である、という力強いメッセージが核となっている。
2. 歌詞のバックグラウンド
バッド・ブレインズは、ワシントンD.C.で結成された黒人ミュージシャンによる異色のハードコア・パンク・バンドであり、徹底したスピードとエネルギーでシーンを塗り替えた存在である。彼らはジャズやレゲエをルーツに持ちながら、誰よりも速いビートと切れ味鋭いギターを武器に独自の音楽を作り上げた。
「Sailin’ On」はそのエッセンスを凝縮した楽曲で、冒頭から全力疾走し、約1分半という短さで聴く者を圧倒する。当時のパンク・バンドの多くが社会批判や政治的メッセージを前面に押し出していたのに対し、バッド・ブレインズはより個人的で直接的な感情をテーマにしていた。そのため、「Sailin’ On」は失恋や友情の破綻などを思わせる人間関係の歌としても聴けるし、社会やシーンからの疎外感を突き放す宣言とも解釈できる。
この多義的なメッセージ性と圧倒的なサウンドのスピード感こそが、バッド・ブレインズをハードコアの開拓者たらしめた要素なのだ。
3. 歌詞の抜粋と和訳
引用元:Bad Brains – Sailin’ On Lyrics | Genius Lyrics
You don’t want me anymore
お前はもう俺を必要としていない
So I’ll just walk right out that door
だから俺はさっさとドアを出て行く
I’ll play the game from dusk till dawn
夜明けまでゲームを続けるさ
‘Cause I really don’t care who’s right, who’s wrong
誰が正しいとか間違ってるとか、もうどうでもいい
I’ve got to sailin’ on
俺は船を出して進んでいくんだ
非常に短く、ストレートな表現だが、その分だけ痛烈な決別の意思が感じられる。
4. 歌詞の考察
「Sailin’ On」は、単なる別れの歌にとどまらない。「お前に必要とされないなら、自分は自分の道を進む」という歌詞は、バンドがワシントンD.C.のライブハウスから出入り禁止にされた経験や、シーンから疎外される中で己の音楽を貫いた姿勢と重なっている。拒絶や孤立に直面しても、自らの進路を選び、全速力で突き進むことこそがバッド・ブレインズの信条だったのだ。
さらに、この曲は彼らが提唱した「PMA(Positive Mental Attitude=積極的精神態度)」の実践でもある。相手に否定されようが環境が不利だろうが、立ち止まらず前へ進むという意思が「Sailin’ On」という比喩に込められている。短い歌詞と疾走するリズムが一体となり、「一瞬たりとも立ち止まらず進め」という強烈なメッセージを伝えているのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Bad Brains / Banned in D.C.
疎外や拒絶に対して前進する意志を示した、同アルバムの代表曲。 - Minor Threat / Straight Edge
シンプルながら人生の選択を宣言するハードコアのアンセム。 - Black Flag / Nervous Breakdown
フラストレーションを爆発させた初期ハードコアの象徴的なナンバー。 - Dead Kennedys / California Über Alles
シニカルかつ政治的な切り口を持つ、同時代の代表的パンク曲。 - Circle Jerks / Wild in the Streets
短く激しいハードコアの魅力が詰まった一曲。
6. ハードコアの「出発点」としての意義
「Sailin’ On」は、後のハードコア・パンクのテンプレートを提示した重要な楽曲のひとつである。短い曲尺、極限のスピード、直接的な歌詞。その全てが80年代以降のパンクにとって指標となった。この曲の「進み続ける」という精神は、単なる歌詞のテーマにとどまらず、バンドそのものの姿勢を象徴している。バッド・ブレインズにとって「Sailin’ On」とは、音楽と人生そのものに対する宣言であり、今なおハードコアの源流として輝き続けているのである。
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