発売日: 1989年10月23日
ジャンル: ポップロック、アダルト・コンテンポラリー、シンセポップ
概要
『Runaway Horses』は、ベリンダ・カーライルが1989年に発表した3枚目のソロ・アルバムであり、前作『Heaven on Earth』の世界的成功を受けて制作された、よりスケールの大きなポップ・ロック作品である。
このアルバムは、単なる続編ではない。ベリンダの“世界的ポップスターとしての成熟”を物語る作品であり、音楽的にもビジュアル的にも「強く、美しく、自由な女性像」を打ち出した決定的なアルバムとなった。
プロデューサーには引き続きリック・ナウルズを起用し、ギターにはジョージ・ハリスン、バックコーラスにはブライアン・ウィルソンなど、豪華な布陣が参加。
その結果、音楽性はよりワイドスクリーン的になり、ポップスでありながらシネマティックで叙情的なスケール感が全編にわたって広がる。
代表曲「Leave a Light On」は、全英4位を記録し、アメリカやヨーロッパでもスマッシュヒット。
また、アルバムは全英・全豪でトップ10入りを果たし、ベリンダの国際的評価をさらに高めた。
全曲レビュー
1. Leave a Light On
ジョージ・ハリスンのスライド・ギターが響き渡る、壮大なラブソング。ベリンダのクリアな歌声とドラマティックなアレンジが交差する名曲。希望と孤独が同居するサウンドはまさに“夜を照らす光”。
2. Runaway Horses
タイトル曲にして、アルバムの世界観を象徴するバラード。自由と愛、疾走する想いが交錯するリリック。切なさと力強さが混在した、静かに燃えるような一曲。
3. Vision of You
失われた恋の残像を追うようなスロウナンバー。コーラスの重ね方が美しく、まるで夢の中を漂うような感覚を誘う。
4. Summer Rain
80年代ポップス屈指の叙情バラード。戦地に向かう恋人との一夏の記憶を描いたドラマティックな物語。映画的な構成とメロディが際立つ名曲。
5. La Luna
スペイン語で“月”を意味するタイトルの通り、神秘的なアレンジが施されたロマンティックな一曲。ビートは穏やかだが、メロディは妖しく誘う。
6. (We Want) The Same Thing
アルバム後期のハイライト。打ち込みドラムとポップなリフが軽快で、エンパワメントソングとしても機能する。ライブでも盛り上がる代表曲のひとつ。
7. Deep Deep Ocean
タイトル通り、深海のような静謐さと奥行きある音像が印象的なミディアム・バラード。愛の不確かさと深さを詩的に描く。
8. Valentine
愛の名を借りた心の旅。センチメンタルなコード進行とベリンダの伸びやかな声が感情を引き出す。
9. Whatever It Takes
恋のためなら何でもする、というメッセージを力強く歌い上げるミッドテンポ・ポップ。サビのリフレインが耳に残る。
10. Shades of Michelangelo
ミケランジェロの名を冠したラストトラック。芸術と人生の陰影を重ねた詩的バラードであり、アルバムを静かに、しかし余韻深く締めくくる。
総評
『Runaway Horses』は、ベリンダ・カーライルが“単なるアイドル出身のポップシンガー”ではなく、“国際的なアーティスト”へと完全に脱皮した瞬間を記録した、完成度の高いアルバムである。
本作では、単なるヒット狙いのポップソングは影を潜め、より物語性と情緒を重視した構成が際立つ。
アレンジはドラマティックかつ緻密で、特にストリングスとシンセのレイヤーは、リスナーを映画のワンシーンに誘うような豊かさを持っている。
また、愛や孤独、再生といった普遍的なテーマに対し、歌詞はより象徴的・詩的なアプローチをとっており、聴くたびに新たな解釈や感情が呼び起こされる構造となっている。
『Heaven on Earth』が“眩しさと希望”のアルバムだとすれば、『Runaway Horses』は“深みと陰影”のアルバムである。
より静かに、しかし確かに“胸の奥へ届く”一作として、ポップス史に刻まれるべき作品である。
おすすめアルバム(5枚)
- Fleetwood Mac『Tango in the Night』
壮大でドリーミーなポップロック作品。『Runaway Horses』のサウンドスケープと通じる。 - Roxette『Look Sharp!』
キャッチーでありながら切なさを内包するポップス。ベリンダの世界観と近しい。 - Don Henley『The End of the Innocence』
80年代後半の大人のポップロック。情感の深さがリンクする。 - Madonna『Like a Prayer』
女性アーティストが“自分の内面と社会に向き合う”という点で共通。 - Alison Moyet『Raindancing』
情緒的でメロディアスな80sポップの秀作。『Runaway Horses』の静かな力と重なる。
ビジュアルとアートワーク
『Runaway Horses』のアートワークは、風になびく髪と遠くを見つめるベリンダの横顔を捉えた、美しく叙情的なビジュアルである。
これはアルバムの持つ“旅”や“内面性”のテーマと深く呼応しており、ビジュアルも音楽と同様に“物語の一部”として設計されている。
1989年という時代の終わりと新たな時代の入り口に立ちながら、ベリンダ・カーライルはこのアルバムで、静かにそして優雅に次なる地平へと“駆け出して”いったのだ。
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