発売日: 2002年11月12日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、アートロック、フォークロック、ポスト・グランジ
『Riot Act』は、Pearl Jam が2002年に発表した7作目のスタジオアルバムである。
『Binaural』（2000）で立体音響や陰影を深く追求したバンドは、その延長線上で、
さらに “精神的な暗さと政治的意識” を強めた作品へと進む。
2000年代序盤という時代背景は本作に大きな影響を与えている。
- 1999年 Roskildefestival で起きた悲劇（ファン9名の死亡）
- 米国の政治的分断と暴力
- ポスト9/11の社会空気
こうした痛ましい現実と緊張が、
エディ・ヴェダーの詞世界にも深く入り込み、
Pearl Jam の音楽をさらに重く、深く、誠実な方向へと押し進めた。
サウンドは『Binaural』の延長にありながら、より
アコースティックの陰影、ジャズ的ニュアンス、ブルースの渋み、
スピリチュアルな静寂
が強く、アルバム全体が“喪失と再生”をめぐる精神的旅路のように構成されている。
重く、難しく、静かだが、
“Pearl Jam の内面世界が最も露わになった作品”として
ファンの間では根強い評価がある。
全曲レビュー
1曲目：Can’t Keep
ウクレレと異質なリズムが導く、ミステリアスな幕開け。
エディの絞り出すような声が、アルバムの“精神の重さ”を象徴する。
2曲目：Save You
力強いギターと疾走感のあるロックナンバー。
“救いたい人がいるのに救えない”という葛藤を歌い上げる。
3曲目：Cropduster
Matt Cameron の複雑なリズムワークが光る一曲。
世界の混乱を俯瞰するような歌詞と音像。
4曲目：Ghost
軽快だが不穏な疾走感を持つロック曲。
自分自身の“抜け殻”としての感覚をテーマにしている。
5曲目：I Am Mine
本作の精神的支柱。
“私は私のものだ”という強いメッセージが響く、
解放と自己肯定の名曲。
ライブでも常に愛される一曲。
6曲目：Thumbing My Way
アコースティックの陰影が美しい。
旅、後悔、孤独を淡々と描くロードソング。
エディの歌詞が非常に文学的。
7曲目：You Are
Jeff Ament が主導したミニマルで幻想的なトラック。
重厚な音響に包まれるような曲で、
アルバムの中でも異彩を放つ存在。
8曲目：Get Right
電子的な質感を含んだ実験的ロック。
短いが緊張感に満ちている。
9曲目：Green Disease
エディらしい社会批判ソング。
腐敗した社会構造、金と権力に振り回される世界を痛烈に描く。
10曲目：Help Help
混沌としたサウンドで不安を煽る一曲。
不協和音と焦燥が鋭い。
11曲目：Bu$hleaguer
当時の米政権への直接的批判を含む政治的楽曲。
ライブで議論を巻き起こすことになった問題曲でもある。
12曲目：½ Full
ブルース色が強い重厚なロックソング。
アルバム後半の精神的な支柱。
13曲目：Arc
エディの多重声による呪術的・儀式的な短いトラック。
Roskildeの犠牲者たちへの追悼として録音されたとされる。
14曲目：All or None
静かで深い閉幕。
夜明け前の暗闇のように、
“希望というより、静かに歩き続ける強さ”を提示する終曲。
総評
『Riot Act』は、Pearl Jam のディスコグラフィの中でも
最も深刻で、最も精神的で、最も複雑なアルバムである。
特徴を整理すると、
- 「死」「喪失」「政治」「罪悪感」「再生」が貫く重厚なテーマ
- 『Binaural』で培われた立体音響と陰影の深化
- Matt Cameron の高度なリズムが作品の骨格を形成
- ブルース／フォーク／ジャズの影響が強い大人のロック
- Pearl Jam が“闘うバンド”から“祈るバンド”へと変わる瞬間
決して派手ではないが、
“長く付き合うほど味が出る作品” の典型であり、
ファンの間での評価は年々上昇している。
同じ時期のロックと比較すると、
・Wilco『Yankee Hotel Foxtrot』の精神性
・Radiohead『Amnesiac』の実験性
・Queens of the Stone Age 初期の暗い濃度
などと通じる空気感がある。
Pearl Jam の“第二章”の核心部。
それが『Riot Act』である。
おすすめアルバム（5枚）
- Binaural / Pearl Jam (2000)
前作との地続きの陰影と空間美。 - Vitalogy / Pearl Jam
混乱と痛みの源流を知るために。 - Into the Wild / Eddie Vedder
エディの精神性をより純粋な形で味わえる。 - Wilco / Yankee Hotel Foxtrot
精神的で繊細なロックという文脈での比較に最適。 - Radiohead / Amnesiac
静かな実験性と深い世界観が相性良い。
制作の裏側（任意セクション）
『Riot Act』は、Roskildeの悲劇の後に作られた。
バンドは深い罪悪感と喪失に直面し、
エディはステージに立つことすら困難になる時期を経験した。
その痛みが“祈りのような静けさ”となって作品に現れている。
また政治的発言が強くなった時期でもあり、
ライブでは「Bu$hleaguer」が物議を醸した。
Pearl Jam は人気よりも誠実さを選び、
その姿勢がアルバムの厚みと誠実さにつながった。
サウンド面では、バイノーラル録音の応用や
Cameron のリズム、多重的アレンジなど、
非常に実験的な試みが多数盛り込まれている。
『Riot Act』は、Pearl Jam が痛みを抱えながらも
“前へ進むために必要だったアルバム”であり、
その重さゆえに今も強い存在感を放っている。
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