1. 歌詞の概要
「Rich」は、イギリス・リーズ出身のポストパンク・バンド、Yard Actが2022年にリリースしたデビュー・アルバム『The Overload』に収録された楽曲であり、資本主義社会における“富”と“道徳”のねじれた関係を、毒の効いた語り口と痛烈なユーモアで描いた風刺劇のような一曲である。
タイトルの「Rich（金持ち）」という単語は非常に直接的だが、この楽曲が描くのは、単なる“裕福さ”ではなく、それを手にした人間がどう変化していくのか、あるいは変化してしまうことへの開き直りのような姿勢である。語り手は、急に金持ちになった人物を演じ、その言葉を通して、欲望・偽善・自己肯定の暴走を露わにしていく。
ユーモアと皮肉、そしてどこか虚無感さえ漂わせながら、Yard Actはこの楽曲で、現代社会における「金の正義」と、その欺瞞的なロジックを浮き彫りにする。聞いているうちに笑えて、でもふとした瞬間にゾッとする。そのバランス感覚こそが、この曲の魅力であり、Yard Actの真骨頂でもある。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Rich」は、アルバム『The Overload』の中でも特に“自虐的資本主義”の表現が際立った楽曲であり、Yard Actが持つブラックユーモアのセンスが凝縮されている。語り手は、自らの“急な成功”によって倫理観や世界観が激変していく様を、飾らない言葉で淡々と、しかし芝居がかった調子で綴っていく。
この楽曲は、バンド自身の置かれた状況ともリンクしている。Yard Actはデビュー当初からイギリスの音楽シーンで注目を集め、社会批評的なリリックと語りスタイルで急速にファンを拡大した。そうした「急な成功」への自覚と、それによって引き起こされる“道徳的なねじれ”を逆手にとり、あえて音楽の中で茶化しているのが「Rich」なのである。
3. 歌詞の抜粋と和訳
I’m rich
I’m rich
It’s about time
金持ちになったよ
ついに俺も
もう、そういう時期だったんだよ
I’ve got a company car
I’ve got a company smile
社用車もあるし
会社用スマイルも身につけた
And I’m hanging around
With the rich kids now
そして最近は
金持ちの連中とつるんでる
So don’t talk to me
About work ethic
だから「努力」とか「勤勉さ」とか
そんな話、俺にしないでくれ
歌詞引用元：Genius – Yard Act “Rich”
4. 歌詞の考察
この楽曲の歌詞は、語り手の「金を手に入れた途端に変わる意識と態度」を徹底的にデフォルメし、風刺的に描いている。印象的なのは、「It’s about time（もう、そうなる頃だよな）」という開き直りであり、それが自分を正当化し、過去の自分さえも否定し始めるプロセスに繋がっていく。これは、誰にでも起こりうる「立場の変化による意識の変質」を暗示している。
「I’ve got a company smile（会社用の笑顔を身につけた）」というラインには、自己演出や社会的役割への順応、それがもたらす“偽りの自我”が巧みに織り込まれている。また、「Don’t talk to me about work ethic（努力なんて語るな）」というフレーズには、かつて努力や倫理を重視していた人物が、“報酬”を得たことでそれらを一気に投げ捨てる滑稽さがある。
この語り手は、どこかで自分の偽善をわかっていながら、それでも「仕方がない」と自らを正当化する。リスナーにとって恐ろしいのは、このキャラクターが全くの“他人”ではなく、自分の中にも潜む感情を反映しているかもしれないという事実だろう。
Yard Actはこの曲で、皮肉やジョークを装いながら、「成功とは何か」「倫理とはどこまで保持されるか」「お金によって人はどう変わるのか」という極めてシリアスな問いを突きつけてくる。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Money by Declan McKenna
若者と金、自己価値と消費社会の複雑な関係性をポップに描いた現代的プロテストソング。 - Common People by Pulp
階級を疑似体験する“上流階級の観光客”への痛烈な批評が、Yard Act的文脈と共鳴する。 - The Man by Taylor Swift
社会的成功が性別や権力とどう結びついているかを、自己皮肉を込めて描いたポップ・ソング。 -
The Sound of the Suburbs by The Members
中流層の日常を音楽の風刺として描く、ポストパンクの先駆的名曲。 -
Money for Nothing by Dire Straits
成功と妬み、労働と名声のギャップを冷笑的に綴った1980年代の風刺ロック。
6. “リッチ”になったとき、倫理はどこへ行くのか
「Rich」は、富を手にしたときにこそ試される“人間の矛盾”を、語りとユーモアを通して描いたYard Actの代表的風刺曲である。その語り口は軽妙で愉快でありながら、終始どこか居心地の悪さを感じさせる。それは、自分が“貧しかった側”にいたときには笑っていられたものが、“リッチな側”に近づくことで笑えなくなってしまう——そんな不穏さがにじむからだ。
この曲は、成功とは何かを問う一種の寓話であり、資本主義的上昇の果てに残る孤独や自己否定を、にやにや笑いながら語る“社会的ホラー”でもある。Yard Actは、富や権力というテーマを、声高にではなく、軽く指先でひねるように語り、そのぶん私たちの胸の奥に深く刺さる。
「Rich」は、金持ちになったことで“変わってしまった”者が語るモノローグであり、それは同時に、変わらずにいられない人間の弱さを暴露する鏡でもある。聞くたびに、“金とは何か”“成功とは何か”を問い直したくなる、皮肉で、鋭くて、ちょっと哀しい、現代の寓話である。
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