
発売日: 1999年10月19日
ジャンル: プログレッシブ・ロック、ワールド・ミュージック、シンフォニック・ロック
歩くように、歌うように——時を越えて紡がれる“音の詩歩”
『Rajaz』は、1999年にリリースされたCamelの12作目のスタジオ・アルバムであり、アンドリュー・ラティマーが“音楽による旅”の原点に立ち返るべく制作した、精神性に満ちた作品である。
タイトルの“Rajaz(ラジャズ)”とは、アラブ詩における伝統的な韻律のひとつであり、
「キャラバンが砂漠を進むリズム」=「人生という旅の歩調」を象徴するコンセプトとしてアルバム全体に通奏する。
前作『Harbour of Tears』の物語的構成とは異なり、本作はより抽象的・詩的な内面世界へと潜り込むような構成となっており、
歌詞と旋律が“詩行”として呼吸するような、キャメル史上もっとも静かで深いアルバムに仕上がっている。
全曲レビュー
1. Three Wishes
ゆっくりと立ち上がるギターの旋律と、柔らかなリズムが印象的なオープニング。
「三つの願い」をめぐる寓話的テーマが、ラティマーの内省的なギターと重なる。
旅の始まりの“静かな決意”のような空気を感じさせる。
2. Lost and Found
失われたものと再発見の狭間を揺れ動く心を描いた、エモーショナルなヴォーカルナンバー。
中盤からのギターソロは、まるで長い沈黙の末に流れ出した涙のようであり、シンプルながら深い情感が宿る。
3. The Final Encore
劇的な構成を持つ中盤のハイライト曲。
人生の最終章を連想させるタイトル通り、静けさと激しさの対比が巧みに描かれている。
プログレ的展開が光る一曲で、演奏陣の緊密なアンサンブルが聴きどころ。
4. Rajaz
本作のタイトル・トラックにして精神的核。
“ラクダの歩調で詩を詠む”というラジャズの概念が、音楽としてそのまま体現されている。
ミニマルでゆるやかなリズムに乗せて、ラティマーのギターが砂の上をなぞるように旋律を描く。
詞と音が一体化した、Camel屈指の瞑想的名曲。
5. Shout
アルバム中ではややロック色が強い異色の一曲。
“叫ぶ”というタイトルに反して、どこか内に秘めた怒りや祈りが響いてくる。
言葉の裏側にあるものを聴かせるような、表現力に富んだ楽曲。
6. Straight to My Heart
バラード調の穏やかなナンバーで、愛と信頼をテーマにしたシンプルな詩と旋律が美しい。
情景がはっきりと浮かぶような、映画的な感触すら持つ静かなラブソング。
7. Sahara
その名の通り、サハラ砂漠を想起させるエスニックなスケール感が特徴。
ワールド・ミュージック的アプローチがラティマーのギターと融合し、異国的で詩的な空気を演出している。
本作のテーマ性を強く象徴するトラックの一つ。
8. Lawrence
T.E.ロレンス(アラビアのロレンス)へのオマージュとも読めるインストゥルメンタル。
歴史と夢想、英雄と孤独といったテーマが、静謐な音の中で描かれる。
ギターの音色はまるで語り部のようで、まさに“言葉のない叙事詩”。
9. Alice
アルバムのラストを飾る、柔らかなギターと穏やかなメロディによる優美なエピローグ。
“アリス”という存在が象徴するものは明示されないが、最後の祈りのように、愛と記憶がそっと結晶化する。
総評
『Rajaz』は、Camelというバンドが到達した“音楽詩”のひとつの完成形である。
この作品において、彼らはもはや物語を語る必要も、技巧を誇示する必要もなく、
ただ“歩くように”“呼吸するように”、旋律の中で人生そのものを描いてみせた。
聴き手がそれぞれの“旅”を内に抱きながら、
音の波に身を委ねてゆくとき、
Rajazというアルバムは、まるで“砂上に残された詩行”のように、静かに、確かに心に刻まれていく。
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