発売日: 1997年5月19日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、グランジ、ポスト・ブリットポップ
概要
『Polythene』は、Feederが1997年に発表したデビュー・アルバムであり、90年代後半のUKロックシーンにおけるグランジとオルタナティヴ・ロックの橋渡し的作品として位置づけられる。
1990年代初頭、Nirvanaをはじめとするアメリカのグランジ勢が世界的な成功を収める中、UKでもその影響を色濃く受けたバンドが台頭した。Feederもその一つで、カーディフ出身の彼らは、90年代中盤に活動を開始し、インディーズレーベルを経てEcho Labelと契約。
『Polythene』は、ギタリストでボーカルのグラント・ニコラスを中心としたトリオ編成のFeederが初めて本格的に世に問うた作品であり、UKメディアからも「ポスト・ブリットポップ世代におけるオルタナの希望」として注目を集めた。
音楽的には、轟音ギターと繊細なメロディのコントラストが特徴的で、Smashing PumpkinsやPixiesといったUSバンドの影響を受けながらも、UKらしい翳りと叙情性を持ち合わせている。
タイトルの”Polythene”は、身の回りの人工的なものを象徴するような語であり、人間関係や内面の葛藤を“包装”されたものとして表現するような、アイロニカルな比喩が全体を通じて見られる。
全曲レビュー
1. Polythene Girl
ノイジーなリフと、キャッチーなコーラスが印象的なアルバムの幕開け。
人工的な「ポリエチレン製の少女」という象徴的タイトルが、虚構と現実、自己と他者の間にある隔たりを示唆する。
2. My Perfect Day
軽快なテンポと明瞭なギターラインで、アルバム中でも最もポップな一曲。
「完璧な一日」は皮肉として捉えることもでき、鬱屈とした感情がポジティヴな旋律に覆い隠されている。
3. Cement
ヘヴィなギターと緊張感のあるリズムが支配する曲。
“セメント”という無機質な物質は、感情の麻痺や閉塞感を暗示しているように思える。
4. Crash
メロディの美しさとグランジ的な轟音の絶妙な融合。
交通事故のメタファーを通じて、破壊的な恋愛関係や精神の崩壊を描いている。
5. Tangerine
サイケデリックな質感を帯びたギターが印象的で、アルバム中盤の緩やかな変化球。
「タンジェリン」という果実の甘さと酸味が、感情の揺らぎを象徴している。
6. Radiation
静と動のコントラストが際立つナンバー。
放射線という危険な存在が、自己破壊的衝動や社会への不信を表している。
7. Suffocate
抑圧と解放の狭間を描くようなバラード調の楽曲。
息苦しさと共鳴する歌詞が、10代や20代の孤独や不安を如実に映し出す。
8. High
のちにアメリカでスマッシュヒットとなる曲で、Feederにとって重要な代表曲。
希望と喪失、現実逃避と憧憬が入り混じる歌詞は、世代を超えて共感を呼ぶ。
9. Change
タイトル通り“変化”を主題とする楽曲。
サウンド面ではシンプルだが、リリックには自己再生への意志が込められている。
10. 20th Century Trip
混沌としたサウンドが、20世紀末の虚無感を見事に捉えている。
時代性を意識した歌詞が、ミレニアム前夜の不安を投影する。
11. Forgive
静謐で内省的な一曲。
赦しと喪失という重いテーマを扱いながらも、どこか温かみを残す構成が印象的。
12. Women in Towels
アルバムのラストを飾る異色曲。
抽象的なイメージと映像的な歌詞が、リスナーに多様な解釈を委ねている。
総評
『Polythene』は、Feederの原点でありながら、既に成熟した音楽性と明確なビジョンを感じさせる作品である。
グランジやオルタナティヴ・ロックという影響を素直に取り込みつつ、それらを英国的なメロディセンスと融合させたことで、当時のUKシーンの中でも際立った存在となった。
特に「High」や「Crash」といった楽曲は、単なるジャンルの模倣にとどまらず、情感豊かなリリックと構成美でリスナーに強い印象を与える。
音像には荒々しさもありながら、どこか繊細で内向的な響きがあるのは、グラント・ニコラスのボーカルスタイルと無関係ではない。彼の声には、張り詰めた感情と崩れ落ちそうな脆さが同居しており、それがこのアルバム全体の雰囲気を決定づけている。
また、リリース当初は商業的成功に恵まれなかったものの、後に再評価が進み、Feederの代表作のひとつとして根強い人気を誇っている。
このアルバムは、10代の焦燥や閉塞感を音に変えたような誠実な記録であり、90年代UKロックの隠れた金字塔とも言えるだろう。
おすすめアルバム
- Bush『Sixteen Stone』
同じくグランジ以降のUKバンド。ラウドさとメロディのバランスが近い。 - Placebo『Placebo』
オルタナティヴ・ロックの美学を追求した作品。内向性と攻撃性が共存する。 - Ash『1977』
ポップで青春的なギターロックが共通項。時代背景も同じ。 - Smashing Pumpkins『Siamese Dream』
Feederが最も影響を受けたUSバンドのひとつ。音の厚みや陰影が近い。 - Manic Street Preachers『Everything Must Go』
ウェールズ出身バンドとしての共通性。感情の振れ幅が共通している。
制作の裏側（Behind the Scenes）
『Polythene』のレコーディングは、イングランドのスタジオで断続的に行われ、当時のFeederは明確なプロデューサー不在のまま試行錯誤を重ねていた。
エンジニアのクリス・シェルドンが後半のプロダクションに加わり、サウンドの統一感を生み出す鍵を握った。
使用されたギターにはFender JazzmasterやGibson Les Paulがあり、ペダルの組み合わせや多重録音によって、厚みのあるギターサウンドを形成。ベースとドラムはグランジ的な引きずる感覚を意識しつつ、UKロックらしいタイトさを失わないよう意図されていたという。
また、当時のFeederはレーベル側からの商業的プレッシャーが少なかったため、自分たちの好きな音を自由に追求できた。この自由度が、アルバムの誠実なトーンと多彩な曲調に繋がっているといえる。
コメント