1. 歌詞の概要
「Politician（ポリティシャン）」は、Creamが1968年にリリースした3作目にしてラストスタジオ・アルバム『Wheels of Fire』に収録された楽曲であり、当時のブルースロックの伝統と、社会風刺的なテーマを融合させた屈指のナンバーである。
タイトルが示すように、この曲は「政治家（Politician）」を皮肉たっぷりに描き出している。とはいえ、直接的な政治批判ではなく、政治家という存在を“女性に言い寄る狡猾な男”としてメタファー化し、その欺瞞性や計算高さを描くという構造をとっている。
つまり、“政治家のようにふるまう”という行動様式を通じて、男性性の権力的側面や、自分の欲望に忠実でありながらも常に安全圏に身を置こうとする態度を、鋭く風刺しているのである。
歌詞は非常にミニマルで繰り返しが多いが、それゆえにジャック・ブルースのベースラインと、エリック・クラプトンのうねるようなギターとの絡みが際立ち、ジンジャー・ベイカーのドラミングがそこに肉厚なグルーヴを加えることで、曲全体が“押し寄せる圧力”のような空気を帯びている。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Politician」は、ジャック・ブルースとピート・ブラウンによる共作であり、Creamの代表的なブルースナンバーのひとつである。この曲が生まれたのは、60年代末という混沌とした政治状況――ベトナム戦争、公民権運動、学生反乱など――のさなかであり、社会全体が“権力”に対して過敏になっていた時代であった。
そのような文脈の中で、“政治家”という語は単なる職業を越え、“不誠実でずる賢く、現実を操る者”の象徴として機能する。Creamはこの曲で、そうした人物の“欲望”と“狡猾さ”を、ブルースの伝統的なラブソングの文体を借りて描いている。つまり、ブルースにおける“女を口説く男”という典型的な図式に、社会的な皮肉と警句を滑り込ませているのだ。
楽曲はライブ演奏でも定番であり、Cream解散後もジャック・ブルースやクラプトンがソロ公演で演奏することが多かった。特にライブバージョンでは、クラプトンのギターがより激しさを増し、“抑制された怒り”のような空気が濃密に漂う。
3. 歌詞の抜粋と和訳
Hey now, baby
Get into my big black car
Hey now, baby
Get into my big black car
I wanna just show you
What my politics are
ねえベイビー
俺の黒い車に乗りなよ
ねえベイビー
この大きな黒い車にさ
俺の“政治”がどういうものか、見せてやるよ
I’m a political man
And I practice what I preach
I’m a political man
And I practice what I preach
So don’t deny me, baby
Not while you’re in my reach
俺は政治的な男
言うこととやることは一致してるぜ
だから拒むなよ、ベイビー
俺の手の届くところにいるうちはな
引用元：Genius Lyrics – Cream “Politician”
ここで“political man”は、政策や信条を語る政治家ではなく、“自分の都合のいいように立ち回る男”として描かれている。つまり、愛を囁く口調の裏にあるのは支配欲であり、実際に語られているのは“愛”ではなく“権力の行使”そのものなのである。
4. 歌詞の考察
「Politician」の面白さは、“女に言い寄る男”という一見シンプルなブルース的主題が、どんどん政治的比喩へと変質していく点にある。この男は、表向きは優しく誘っているように見えるが、その言葉の一つ一つに“戦略”と“支配の構造”が滲んでいる。
「俺の黒い車に乗れ」「拒むな」――これらの語りは、いわばパワープレイであり、同時に“柔らかい暴力”でもある。それは政治家が演説で用いる“魅力的な約束”のようであり、選挙戦で有権者を口説く言葉と同じ構造を持っている。
また、「practice what I preach（自分の言ったことは実行する）」という言い回しには、自己正当化と偽善の両面が込められている。誠実さをアピールする言葉の中に、裏でどれだけ巧妙に人を操ってきたかという自信がにじんでおり、そこには“信頼されたい者”と“信頼を利用する者”の二重性がある。
このように「Politician」は、恋愛関係の中に潜む“権力の言葉”を通して、社会の中の不均衡や搾取構造を見事に浮かび上がらせている。そしてそのすべてが、荒々しく重厚なブルースのグルーヴに乗って語られることで、まるで説教ではなく、体感としてその“重さ”が伝わってくるのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Born Under a Bad Sign by Albert King（またはCreamのカバー）
ブルースの伝統的モチーフと“抗えない運命”の描写が共鳴する名曲。 - Strange Brew by Cream
同じく『Disraeli Gears』収録、女性の魅力と危険性をサイケデリックに描いた作品。 - Ballad of a Thin Man by Bob Dylan
体制側への鋭い風刺を、比喩と冷笑で突きつけるロック史の名曲。 - I’m Your Man by Leonard Cohen
恋愛と権力の境界を曖昧にする、誘惑と従属をめぐる耽美なバラード。
6. “ブルースで語られる権力構造”
「Politician」は、ブルースという形式を通して、社会的風刺と個人的関係の交差点を見事に描いた楽曲である。
この曲がユニークなのは、政治を直接語るのではなく、“恋愛のなかの政治”という構図に変換して見せたこと。甘い言葉の裏にある支配の構造、それを“楽しげな誘い”として描くことで、私たちの日常にも潜む“権力の言語”を浮き彫りにしている。
Creamは、この短いブルースに“時代の不信感”と“人間関係における権力構造”を閉じ込めた。
それは、言葉で語るよりも、音で感じさせる重さを持ち、今も変わらず、私たちの耳に問いかけ続けている――
「あなたの自由は、本当に自由なのか？」と。
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