
発売日: 2017年11月9日(EP)
ジャンル: インディーポップ、ソウル、ローファイR&B、アートポップ
⸻
概要
『Plant Feed』は、Nilüfer Yanyaが2017年にリリースした初のEPであり、シングル「Small Crimes」や「Keep on Calling」で注目された若きロンドンのSSWが、より多彩な音楽性と叙情を提示した初期の重要作である。
タイトルの「Plant Feed(植物の栄養)」は、目立たないけれど確実に根を伸ばし、成長していく感情や思考のメタファーであり、EP全体がまるで“静かに呼吸する感情”のような世界で構成されている。
ジャンルとしてはソウルやR&B、ジャズ、インディーポップを横断しつつ、ベッドルーム感覚のミニマリズムを保ち、圧倒的な声のコントロールとギターの間合いによって、聴く者を静かに巻き込んでいく。
この作品を経て、Nilüfer Yanyaは「ロンドンから現れた静かなる革命者」としての道を本格的に歩み始めることとなる。
⸻
全曲レビュー
1. The Florist
穏やかなギターと淡いビートが印象的な導入曲。タイトル通り“花を育てる人”をモチーフに、人との関係性の育みと、その中に潜む静かな崩壊を描いている。Yanyaのボーカルが非常に柔らかく、まるで空気に溶けるように響く。
2. Golden Cage
甘美なメロディに乗せて、自分を閉じ込める美しい関係のメタファーを展開。“金の鳥かご”という表現が示すように、安心と不自由が共存する恋愛のあり方を描いている。ソウルフルなギターが静かに胸に迫る。
3. Sliding Doors
人生の選択と分岐をテーマにした楽曲。同名映画のオマージュのように、もしあの時こうしていれば…という問いが、繰り返すコード進行に絡めて淡々と語られる。冷静であるほど切実に響く。
4. Thanks 4 Nothing
EP中最もビターでシニカルな楽曲。別れた相手に対する“感謝”の言葉が実は痛烈な皮肉であるという構成。ミニマルなトラックと乾いたボーカルが絶妙な距離感を保つ。
5. Baby Luv
Yanyaを一躍インディーシーンの注目株に押し上げた代表曲。極限まで削ぎ落とされたギター、反復される“Do you like pain?”という問い、息遣いのようなボーカル。全てが中毒的で、初期衝動の美しさに満ちている。
⸻
総評
『Plant Feed』は、Nilüfer Yanyaが「ただの期待の新人」ではないことを決定づけた、鮮烈かつ静謐なEPである。
この作品では、ポップでもロックでもソウルでもR&Bでもありながら、どこにも完全に収まらない「居場所のなさ」が音楽そのものとして成立している。そしてその“曖昧さ”こそが、現代の感情や都市生活のリアリティを映し出しているのだ。
Yanyaは声を張り上げることなく、ただ丁寧に、誠実に、音と言葉を並べることで、リスナーの中に「気づき」を芽吹かせる。まさにタイトルが示すように、このEPは感情と感性に静かに水を注ぐ“植物の栄養”なのだ。
⸻
おすすめアルバム(5枚)
- Nao『For All We Know』
UKソウルとベッドルーム感覚を兼ね備えた、柔らかく強い表現。 - Tirzah『Devotion』
ミニマルで私的なR&B。『Baby Luv』に通じる静かな衝動。 - Lianne La Havas『Blood』
アコースティックとソウルの中間にある感情表現の達人。 - Jorja Smith『Project 11』
デビュー直後の繊細さと伸びやかさがYanyaと重なる。 - Rosie Lowe『Control』
都会的で曖昧な恋愛模様と、抑えたエレクトロニカの美学が共鳴。
⸻
歌詞の深読みと文化的背景
“Baby Luv”の反復フレーズ「Do you like pain?」は、恋愛における自己犠牲や自己欺瞞、あるいは感情を感じたがる現代的欲望の象徴でもある。
“Golden Cage”や“The Florist”では、関係性が持つ美しさとそれに潜む制限を詩的に表現しており、Yanyaのリリックは一見シンプルでも、その奥に心理的・構造的な問いが息づいている。
『Plant Feed』は、Nilüfer Yanyaの音楽と言葉が初めて“根”を下ろした場所であり、後の作品群を理解するための、静かだが決定的なプロローグとなっている。
コメント