
発売日: 1983年10月31日
ジャンル: ポップロック、ソフトロック、AOR
『Pipes of Peace』は、Paul McCartney が1983年に発表したアルバムである。
前作『Tug of War』と対を成す作品であり、
両作はもともと同一セッションから生まれた“兄弟アルバム”として知られている。
そのため、音楽的な質感や構成美、George Martin のプロダクションなど
制作面での共通点が多く、
シンプルで温かいメロディと、洗練された80年代ポップの空気が特徴的である。
80年代初頭のポップシーンは、
シンセサイザーの普及とAORの洗練を背景に、
柔らかさと都会的な響きを同時に持つサウンドが主流になっていた。
ポールはその流れを柔軟に取り入れながら、
自身の“メロディメーカーとしての美質”を損なうことなく、
親しみやすい楽曲群を作り上げた。
『Pipes of Peace』は、
前作が“喪失と再生”をテーマにしたのに対し、
本作では“調和・優しさ・和解”といったテーマが一貫しており、
より穏やかで家庭的、温かい作品として仕上がっている。
全曲レビュー
1曲目:Pipes of Peace
タイトル曲であり、アルバムの精神を象徴する名曲。
柔らかいメロディと子どもたちのコーラスが穏やかな平和のイメージを描く。
映像作品とともに強く記憶に残る、ポールらしい普遍的なメッセージソング。
2曲目:Say Say Say(with Michael Jackson)
本作の最大のヒット曲。
Michael Jackson とポールが軽やかに掛け合うポップデュエットで、
跳ねるようなビートと覚えやすいメロディが魅力。
80年代ポップの象徴ともいえる完成度の高さを持つ。
3曲目:The Other Me
滑らかで親しみやすいAOR寄りのナンバー。
ゆったりとしたテンポの中に、ポールの温かい語り口が息づく。
4曲目:Keep Under Cover
スリリングなイントロから一転し、
明るいポップソングへ展開する構成が楽しい。
ポールらしいアレンジの巧みさが光る。
5曲目:So Bad
甘く、美しいバラッド。
ポールのしなやかな高音が魅力的で、
どこか切なさを帯びたメロディがじんわりと響く。
6曲目:The Man(with Michael Jackson)
再び Michael Jackson とのデュエット。
前曲よりややソウル感が強く、2人の声の相性が非常に良いことがわかる。
7曲目:Sweetest Little Show
素朴なフォークの要素が入り、
牧歌的な雰囲気が心地よい小品。
8曲目:Average Person
ユーモアと社会的視点が交差する軽快な曲。
日常の小さな人物像を描くポールの視線が優しい。
9曲目:Hey Hey
ジャズ/ファンクに接近したインスト寄りの楽曲。
ベースラインのうねりとリズムの気持ちよさが際立つ。
10曲目:Tug of Peace
前作『Tug of War』のモチーフを引用した短い楽曲。
2作のつながりを象徴するリンクトラックである。
11曲目:Through Our Love
広がりのある美しいバラッドで、
アルバムを優しい余韻へと導く締めくくり。
愛と調和に対するポールの意志が静かに現れる。
総評
『Pipes of Peace』は、Paul McCartney の80年代前半における
“優しさと調和のポップ・アート”であり、
明るい光と柔らかな手触りを持つ作品である。
前作『Tug of War』が持つ重みや深いメッセージ性と比べると、
本作はより軽やかで、家庭的で、
ポールの“日常へ向ける優しい視線”が強く反映されている。
本作の重要なポイントは、
- Michael Jackson との本格コラボレーション
- AOR的な柔らかい80年代プロダクション
- 優しいメロディの数々
- George Martin による端正なアレンジ
の4点に集約される。
批評家からは当時“軽い”という論調もあったが、
現在ではその柔らかさがむしろ魅力として受け入れられており、
80年代ポールの代表作として高く評価されている。
また、同時代の作品で比較すると、
・Michael Jackson『Thriller』期の軽快さ
・Hall & Oates のAOR的ポップ
・Toto の洗練されたスタジオサウンド
などと響き合う部分があるが、
ポールはあくまで“メロディそのものの透明感”を中心に置いており、
その点で本作は独自の存在感を持つ。
『Pipes of Peace』が今も愛される理由は明確だ。
それは、重すぎず、軽すぎず、
“心に寄り添ってくれるポールの優しさ”が詰まっているからである。
おすすめアルバム(5枚)
- Tug of War / Paul McCartney
兄弟作として必聴。世界観のつながりが明確。 - Flaming Pie / Paul McCartney
成熟したポールの優しさが滲む作品。 - Off the Wall / Michael Jackson
コラボレーションの空気感が近い。 - Hall & Oates / H2O
80年代AORポップとの比較が楽しい。 - Give My Regards to Broad Street / Paul McCartney
80年代ポップ期のポールの発展形を知る作品。
制作の裏側(任意セクション)
『Pipes of Peace』の制作は、
『Tug of War』とほぼ同時期に行われている。
ジョージ・マーティンの手腕により、
録音は丁寧で、どの曲にも“温かさと透明感”が宿っている。
特に「Say Say Say」のセッションは、
ポールとマイケル・ジャクソンが互いのアイデアを出し合い、
ダンスステップを考えながら楽しげに制作したと言われている。
その遊び心は曲の軽快さにそのまま反映されている。
タイトル曲「Pipes of Peace」は、
平和と調和を願うポールの人生哲学を象徴する曲で、
子どもたちのコーラスは“普遍的な未来への願い”を体現するものだった。
こうして『Pipes of Peace』は、
80年代の優しい光に包まれたポールの魅力を、
最も美しく伝える作品として完成した。



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