英国から生まれ、1970年代後半のロック・シーンで大ブレイクを果たし、ギターの神業とも称されるプレイと独特のトークボックスを駆使したパフォーマンスで多くのファンを獲得した男。
その名はピーター・フランプトン。
彼が1976年にリリースしたライヴ・アルバム**『Frampton Comes Alive!』**は、ロック史上屈指のセールスを記録し、彼の名前を世界的に知らしめる決定打となった。
本稿では、ピーター・フランプトンの背景や音楽的特徴、代表曲やアルバムの魅力、そして彼が後世に与えた影響について紐解いてみたい。
名演の数々からは、ロックギターが持つエネルギーとイノベーションの両面を感じ取ることができるだろう。
ピーター・フランプトンの背景とキャリア初期
ピーター・フランプトンは1950年、イギリス・ケント州のベクスリー出身。
幼少期からギターを弾き始め、ティーンエイジャーの頃には早くもその才能を開花させた。
初めて注目を浴びたのは、1960年代後半に結成されたThe Herdというバンド。
ここでフランプトンはギタリスト兼ボーカリストとして活躍し、若手有望株としてイギリス音楽誌などで取り上げられたのだ。
さらにフランプトンは、元スモール・フェイセズのスティーヴ・マリオットと共に、ハードロックバンド**ハンブル・パイ(Humble Pie)**を結成。
こちらでは、ブルージーかつパワフルなロックサウンドを追求し、当時のハードロック・シーンの一角を担う人気バンドへと成長していった。
この時期のライブ活動を通じて、フランプトンは観客を熱狂させるギターソロや即興演奏の技量を磨き上げ、確かな実力を養うことになる。
やがてフランプトンは1971年にハンブル・パイを離れ、ソロキャリアへと本格的に乗り出す。
この決断が後に大きな成功を呼び込み、彼を世界的なギター・ヒーローの座へ押し上げるきっかけとなった。
トークボックスとサウンドの特徴
ピーター・フランプトンを語る上で外せないのが、“トークボックス”と呼ばれるエフェクトの存在である。
これはギターの音をチューブを通じて口に伝え、そこに口の形や声帯の動きを組み合わせることで、まるでギターが言葉を発しているかのような効果を生む装置だ。
フランプトンはこのトークボックスを多用して斬新なサウンドを生み出し、一躍話題の中心に躍り出た。
トークボックスの使用は、演奏者の表情まで視覚的に楽しめるため、ライブステージで強いインパクトを残す。
フランプトンがソロを弾きながらギターと“対話”しているように見える瞬間は、オーディエンスを熱狂へと導く大きな要素であった。
また、彼のギタースタイルはブルースを基調としつつも、ポップなメロディラインや軽快さを兼ね備えている点が大きな魅力である。
ハンブル・パイ時代のハードロック色を踏まえながらも、決して音が重すぎず、爽やかで聴きやすいトーンを保っているのがフランプトン流と言える。
代表曲とアルバム
『Frampton』(1975年)
ソロ活動に入ってから幾度かのアルバムを経て、1975年に発表したスタジオ作が『Frampton』である。
ここでは「Baby, I Love Your Way」や「Show Me the Way」など、後にライヴの定番となる楽曲が数多く収録されている。
メロディアスでリラックスした雰囲気の中に、ギタリストとしての技巧も散りばめられ、一気にファン層を広げることに成功した。
『Frampton Comes Alive!』(1976年)
ピーター・フランプトン最大の成功作といえば、誰しもが真っ先に思い浮かべるのがライヴ・アルバム**『Frampton Comes Alive!』**だろう。
ハンブル・パイ時代のライブ・エナジーと、ソロキャリアで築いたキャッチーな楽曲群を合わせ、そこにトークボックスが重なった最強のパフォーマンスが詰め込まれている。
「Show Me the Way」「Baby, I Love Your Way」「Do You Feel Like We Do」といった代表曲が次々に演奏され、スタジオ音源とは異なる熱量と観客との一体感が強烈なインパクトを与える。
このアルバムはリリース後すぐに大ヒットし、1970年代後半を象徴するライヴ・アルバムの一つとしてロック史に燦然と名を刻んだ。
現在も多くのギタリストやファンが「最高のライヴ盤」として賛辞を惜しまない、不朽の名作である。
その後の作品・近年の動向
『Frampton Comes Alive!』の爆発的成功によってトップスターの仲間入りを果たしたものの、フランプトンはその後、一時的な商業的スランプに陥ることもあった。
しかし、決して音楽活動を止めることなく、ギタリストやソングライターとしての探求を続けていく。
2000年代以降は、しっとりとしたアコースティック・アレンジや、インストゥルメンタル中心のアルバムを制作し、大人のロック・ミュージシャンとしての深みを広げていった。
さらに、クラシックギタリストとのコラボレーションや、ジャズ寄りの演奏へのアプローチなど、多彩な音楽性を模索する姿が印象的である。
2019年には健康上の理由で大規模なフェアウェル(引退)ツアーを発表し、実質的にツアー活動を終える意向を示したが、ファンにとってはそのひとつひとつのステージが伝説的な“最後の演奏”になると注目を集めた。
後続アーティストへの影響
ピーター・フランプトンが作り出した“トークボックスを存分に駆使するギタースタイル”は、後に多くのアーティストに影響を与えた。
ファンク/R&B系ではロジャー・トラウトマン(Zapp)がヴォコーダーやトークボックスを使いこなし、ヒップホップ世代にもその流れが受け継がれるなど、ジャンルを超えて新たなサウンド表現のヒントとなったのだ。
また、フランプトンが単にテクニックを誇示するだけでなく、ポップスやバラードを融合させ、幅広いリスナー層にアピールした点も大きい。
“ギターの達人=難解な演奏”というイメージを覆し、キャッチーなメロディと親しみやすいパフォーマンスでスターダムを駆け上がった道筋は、後のギターヒーロー像にも影響を与えている。
エピソード・逸話
- 若き日のピーター・フランプトンは、10代の頃からすでにマネージャーや音楽業界の目に留まる存在で、当時「次世代のエリック・クラプトンになる」とまで言われていたという。
- 『Frampton Comes Alive!』に収録された「Do You Feel Like We Do」は、ライヴでの演奏時間が長めで、トークボックス・ソロを含めて観客との掛け合いが大きな見どころ。 一体感の高まり方は“ロック・コンサートの醍醐味”として語り草になっている。
- ギター以外に、フランプトンは若い頃からボーカリストとしても評価が高く、甘い歌声とハンサムなルックスが女性ファンの支持を集めた。 そのアイドル的な人気が、後に「ミュージシャンとしての本質が伝わりにくい」というジレンマも生むが、“フランプトン・フィーバー”と呼ばれるほどのブームが巻き起こったのは事実である。
まとめ
ピーター・フランプトンは、イギリス出身のギタリストとして若くから注目を集め、ハンブル・パイを経てソロキャリアを確立。
そして1970年代を代表するライヴ・アルバム『Frampton Comes Alive!』によって、一躍“ギター・ヒーロー”の地位を確立した。
トークボックスを駆使した独特のサウンドや、ポップでメロディアスな楽曲、そしてエネルギッシュなステージパフォーマンスが融合し、ロック史に残る金字塔を打ち立てたのだ。
その後のキャリアでは、ヒットと低迷を行き来しながらも、決してギターを置くことなく音楽探求を続けてきた。
近年ではツアーの幕を引く動きも見られるが、半世紀以上にわたり続けてきた活動は、多くのファンとミュージシャンにとって計り知れないインスピレーションを与え続けている。
もしピーター・フランプトンの音楽を未聴であれば、まずは何と言っても『Frampton Comes Alive!』から始めるのが最適だろう。
そこにはロックコンサートの熱狂が詰まっており、ギターという楽器の可能性と歓喜に満ちた一夜が、今なお生々しく鳴り響いている。
そしてその先には、気負わずに耳を傾けられるスタジオ作品が数多く待っている。
メロディとギターを愛するすべてのロックファンにとって、ピーター・フランプトンは長く刺激と感動をもたらしてくれる存在なのだ。
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