発売日: 1993年1月25日
ジャンル: インダストリアル・ロック、オルタナティブ・ダンス、テクノ・ロック
概要
『Perverse』は、Jesus Jonesが1993年に発表した3rdアルバムであり、コンピュータで完全に制作された“ロックアルバム”という挑戦的コンセプトで知られている。
前作『Doubt』で全米チャートを制し、国際的な成功を手にした彼らは、次なるフェーズとしてテクノロジーとロックの融合をさらに深化させる道を選んだ。
タイトルの「Perverse(倒錯)」が象徴するのは、既成の価値観からの逸脱。
バンド形式でありながら、全編を通じて生演奏は最小限に抑えられ、打ち込みとサンプリングが骨格を成す構造となっている。
1993年というリリース時期は、グランジやブリットポップの勃興と重なるが、Jesus Jonesはそのいずれにも乗らず、サイバーパンク的な未来感と都市の閉塞感を音に刻み込んだ。
結果として、商業的には前作ほどの成功を収めなかったものの、90年代初頭における“人間と機械の協奏”の記録として極めて重要な作品となっている。
全曲レビュー
1. Zeroes and Ones
「0と1」、すなわちデジタルの基本単位をそのままタイトルにしたオープニング。
コンピュータに支配された社会と、自分の存在を定義するデータの不確かさを歌う。
冷たいシンセとハードなギターが交差する冒頭数秒で、本作の方向性は明確に示される。
この曲だけでも“電子時代のポスト・ヒューマニズム”を描いているとも言える。
2. The Devil You Know
軽快なビートに乗せて、“知っている悪魔のほうがマシ”ということわざを皮肉たっぷりに展開。
社会やメディアへの不信感、情報過多の混乱をテーマとしながらも、サビのキャッチーさが際立つ。
前作のヒット曲群と同様にポップな印象だが、背後にある政治性と不安感はより濃くなっている。
3. Get a Good Thing
シングルカットされたポップ・ナンバー。
“良いものを掴め”というタイトルとは裏腹に、歌詞ではその「良いもの」が何なのか、見つからない焦燥が描かれる。
ハウス的なキックとロック的なギターの融合が、Jesus Jonesのハイブリッド・サウンドを象徴する。
4. From Love to War
愛から戦争へというタイトルは、感情の両極性だけでなく、人類の進化と退化のメタファーとしても読める。
インダストリアルなビートと歪んだボーカルが相まって、攻撃的かつ内省的な印象を生み出す。
電子音の隙間に、ギターが“怒り”のように切り込んでくる構造が鮮烈。
5. Yellow Brown
最も異色の実験作。
色をテーマにした抽象的なリリックと、アブストラクトなエレクトロニクスが交錯する。
中盤のドラムブレイクやノイズ処理など、ブレイクビーツやIDMへの接近すら感じさせる構成は、当時としては非常に前衛的だった。
6. Magazine
メディア批判の楽曲であり、「雑誌」という媒体を通じて操作される美意識や価値観の歪みを描く。
ビートはあくまでダンサブルだが、リリックは冷笑的で、音とテーマの緊張関係が独特のフックを生む。
視覚文化の暴力性を音で可視化したような楽曲。
7. Caricature
「風刺画」というタイトルが示す通り、社会や自分自身を戯画的に捉える視点が中心。
テンポは抑えめで、構成もミニマルだが、語られる内容は鋭く政治的である。
自分が誰かの“笑いもの”になっているという不安と怒りが滲む、地味ながら深い一曲。
8. The Right Decision
アルバム中もっともポップなトラックで、シングルとしても高評価を得た。
“正しい決断”とは何か?というテーマに対して、答えを出すのではなく問い続ける姿勢が印象的。
軽快なビートとクリアなメロディが、アルバムの中でほっとする空間を生んでいる。
9. Your Crusade
宗教的・政治的な狂信への批判が込められた楽曲。
「君の十字軍」とは、個人が自らを正当化するために振りかざす“正義”の暴力を象徴している。
ビートの重厚さと、不穏なシンセが支配する構成は、まるで暗い都市の地下を這うようなサウンドスケープ。
10. Don’t Believe It
「それを信じるな」というタイトルが、アルバム全体の姿勢を象徴。
メディア、権力、自己の認識すらも疑えというメッセージは、冷笑ではなく能動的懐疑主義の宣言である。
リズムは軽快ながら、言葉の持つ重さに引き込まれる。
総評
『Perverse』は、Jesus Jonesにとって最も野心的で、最も難解な作品であると同時に、90年代の“テクノロジー以降のロック”の可能性を大胆に提示した実験作である。
打ち込み主体の制作という形式が先鋭化する中で、彼らはポップスとしての魅力を捨てることなく、コンセプトとメッセージの精度を高めることに成功している。
だが、結果としてこのアルバムは商業的には“過小評価”されてしまった。
グランジが台頭し、オーガニックなロックが求められた時代に、デジタルと社会批評を武器にしたこの作品は時代の“逆張り”だった。
それでも今聴き返すと、コンセプト・アルバムとしての完成度、リリックの鋭さ、プロダクションの先進性は目を見張るものがあり、後のデジタル・ロック、インダストリアル・ポップへの伏線としても再評価に値する。
おすすめアルバム(5枚)
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Nine Inch Nails – Pretty Hate Machine (1989)
テクノロジーと人間性の葛藤を描いたデジタル・ロックの代表作。 -
The Beloved – Conscience (1993)
よりソウルフルな方向だが、電子音とメッセージ性の融合が共通。 -
Underworld – dubnobasswithmyheadman (1994)
クラブカルチャーと文学的リリックの結合という文脈での進化形。 -
David Bowie – Earthling (1997)
ブレイクビーツとロックを融合させた試みとして、Jesus Jonesの先を行く作品。 -
Garbage – Version 2.0 (1998)
ポップとエレクトロニクスの融合、そして女性的視点での“Perverse”的解釈を持つ傑作。
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