One by Metallica(1988)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

Metallicaの「One」は、1988年にリリースされたアルバム『…And Justice for All』に収録されたバラード形式の大作であり、バンド史上最もドラマティックかつ衝撃的な楽曲のひとつである。この曲は、第一次世界大戦を題材とした小説『ジョニーは戦場へ行った(Johnny Got His Gun)』にインスパイアされ、戦争によって四肢と感覚を奪われた兵士の視点から語られる極限状態の意識を描いている。

歌詞では、主人公の心の声として「暗闇しか見えない」「話せない」「動けない」といったフレーズが繰り返され、彼が外界との接触を完全に絶たれながらも、なお生きているという過酷な現実が強調される。一見、戦争賛美的なメタルの攻撃性とは対照的に、「One」は戦争のむごさと非人間性を深く告発する反戦歌であり、Metallicaの表現力の幅広さと深さを象徴する作品でもある。

曲構成は、静謐なクリーントーンのギターから始まり、徐々に激しさを増していく典型的なバラードの流れを踏襲しているが、後半にはスラッシュ・メタルらしい怒涛のリフとドラムが炸裂し、まるで主人公の絶望と怒りが内面から爆発するかのようなカタルシスを生む。

2. 歌詞のバックグラウンド

「One」の着想源となったのは、アメリカの作家ダルトン・トランボの反戦小説『ジョニーは戦場へ行った(1939)』であり、その後映画化(1971)もされたこの作品は、Metallicaのメンバーに強烈なインパクトを与えた。特にJames Hetfield(ボーカル/ギター)は、兵士が完全な感覚遮断状態に置かれながらも生かされ続けるというアイディアに惹かれ、それを歌詞に昇華した。

この曲は、Metallicaにとって初の本格的なミュージックビデオ付きシングルでもあり、映像には前述の映画『Johnny Got His Gun』のシーンが引用されている。ビデオはMTVでのヘヴィ・ローテーションを獲得し、Metallicaがアンダーグラウンドのスラッシュ・メタルからメインストリームのロック・シーンへと進出する大きな契機となった。

…And Justice for All』というアルバム全体が“不正義”や“政治的欺瞞”をテーマにしている中で、「One」はそのテーマを最も感情的かつ象徴的に表現した楽曲である。戦争の名の下に、人間性を根こそぎ奪われた存在──それこそが“正義”の犠牲であるというメッセージが、この曲の奥底に込められている。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下に「One」の印象的な歌詞を抜粋し、日本語訳と共に紹介する。引用元は Genius を参照。

I can’t remember anything
Can’t tell if this is true or dream

何も思い出せない
これが現実なのか夢なのかさえ分からない

Deep down inside I feel to scream
This terrible silence stops me

心の奥では叫びたい
だが この恐ろしい沈黙がそれを止める

この冒頭の歌詞から、主人公が感覚を完全に失い、外界との接触もできない状態であることが暗示されている。意識はあるが、表現手段を失った“生きる屍”としての存在を描く言葉の静けさが逆に凄惨さを強調している。

Hold my breath as I wish for death
Oh please, God, wake me

息を止めて 死を願う
お願いだ、神よ 目覚めさせてくれ

このフレーズは、主人公の心の叫びそのものであり、肉体的には“生きている”が、人間としての尊厳を失った存在である自分に終わりを与えてほしいという、痛切な祈りが表れている。

Landmine has taken my sight
Taken my speech
Taken my hearing

地雷が奪った
視力を
言葉を
聴覚を

Taken my arms
Taken my legs
Taken my soul

腕も
脚も
そして魂までも

Left me with life in hell
残されたのは 地獄のような命だけ

このクライマックスで語られるのは、戦争による肉体と精神の完全なる破壊。細部に至るまで“奪われたもの”を列挙することで、主人公がいかに徹底的に壊されてしまったかを突きつける、Metallicaの歌詞の中でも最も衝撃的な一節のひとつである。

(歌詞引用元: Genius)

4. 歌詞の考察

「One」は、Metallicaにおける最初の“反戦歌”であり、そのアプローチは極めてパーソナルで内向的である。大義や国家を声高に批判するのではなく、“戦争の犠牲者が何を感じているのか”を追体験させるように構成されており、そのリアリズムと想像力はリスナーの心に深く突き刺さる。

語り手は、感覚も四肢も失っているが、意識だけは生きている。つまり、“死よりも恐ろしい生”がここで描かれている。この構図は、聴き手に対して「戦争の代償とは何か?」という問いを突きつけるものであり、たとえ敵を倒して勝利したとしても、その代償として人間性を失ったのであれば、それは本当に“正義”なのか──というテーマに帰結していく。

また、曲の前半では哀切なメロディと静謐なギターアルペジオが続くが、後半ではツインギターのリフ、怒涛のドラム、叫ぶようなボーカルによって感情が爆発する。この構成は、まさに主人公の内面を音楽的に再現している。静かな絶望から、徐々に怒りと狂気がせり上がってくる過程は、Metallicaの楽曲構成力の頂点とも言える。

「One」は、その象徴性とメッセージ性によって、戦争に対する永続的な警鐘となっており、ただのメタルソングを超えて、**“音楽による倫理的証言”**とすら呼べる作品である。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Disposable Heroes by Metallica
    同じく戦争をテーマにした『Master of Puppets』収録曲。兵士を“使い捨て”とする軍事構造を批判。

  • Hallowed Be Thy Name by Iron Maiden
    死刑囚の心理を描いた叙情的な名作。死を目前にした人間の内面に迫る点で「One」と共通する。

  • Sleep Now in the Fire by Rage Against the Machine
    政治や軍産複合体への痛烈な批判を込めた社会派メタル。戦争の構造的背景に踏み込む。

  • War Pigs by Black Sabbath
    戦争を操る“上の者たち”への痛烈な皮肉を込めた、反戦メタルの原点とも言える名曲。

6. “沈黙の叫び”が世界に問いかけたもの

「One」は、Metallicaの楽曲群の中でも最も深く、最も鋭い感情の刃を持った作品であり、戦争というテーマを“エンタメ”ではなく“倫理”として正面から描いた、稀有なロックソングである。

感覚を奪われた兵士の心の声は、音楽という形で“見えない痛み”を可視化し、“伝えられない苦しみ”を共有可能な経験へと昇華している。それは、人間の尊厳がどれほど簡単に踏みにじられるかを警告すると同時に、私たちがその現実をどこまで直視できるかを試しているかのようだ。

「One」は、怒りでも絶望でもなく、“問いかけ”の楽曲である。そしてその問いは、戦争がある限り、永遠に答えを持たないままだ。Metallicaはこの曲によって、メタルを社会的・人道的な言語にまで昇華させた。その衝撃は、今もなお“静かな叫び”となって鳴り響いている。

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