1. 歌詞の概要
「Ode to Viceroy」は、カナダ出身のシンガーソングライター、マック・デマルコが2012年にリリースしたセカンド・アルバム『2』に収録された楽曲である。タイトルの通り、この曲はViceroy(バイセロイ)という銘柄のタバコに捧げられた“オード(頌歌)”であり、彼独特のユーモアとセンチメンタルさが絶妙に交差する作品である。
歌詞は一貫して、主人公がバイセロイに感じる愛情を讃えるという形で展開されていく。タバコの煙の中で癒され、慰められ、時には救われる。その関係性は、まるで恋人や親友のように描かれており、現代的な禁煙の風潮とは一線を画す、ある種のロマンチシズムに満ちている。
だが、その“愛”にはどこか諦念がにじんでおり、「君は僕を殺すだろうけど、それでも手放せない」という中毒的で不健全な愛情が根底にある。それゆえにこの歌は、ただのジョークでも皮肉でもなく、人間の弱さや依存の美しさに静かに寄り添うような、優しい哀しみに包まれているのだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
マック・デマルコは、自身のライフスタイルや音楽スタイルと同様に、気取らず、飄々としたキャラクターで知られている。「Ode to Viceroy」は、彼が実際に吸っていた安価なカナダ産タバコ“Viceroy”への愛情をそのまま曲にしたものだ。
2010年代前半のインディー・ミュージックシーンにおいて、マック・デマルコは“スラック・ロック(ゆるいロック)”の代表格として注目されており、ローファイでレイドバックしたサウンドと、肩肘張らない歌詞が若者の共感を呼んでいた。その中でも「Ode to Viceroy」は、彼の美学が最もストレートに表れた楽曲の一つである。
この曲は、煙草という日常的で個人的なアイテムを、文学的なモチーフにまで昇華させており、その感覚は村上春樹の小説におけるジャズやスパゲティのような、個人の儀式性を帯びた“嗜好の記号”として機能している。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、印象的な歌詞を一部抜粋し、日本語訳を添えて紹介する。
Ode to Viceroy
バイセロイへの頌歌Early in the morning, just trying to let the sun in
朝早く、ただ陽の光を取り込もうとしてるだけAnd open up my eyes and let the world come crawling in
目を開けて、世界がゆっくり入り込んでくるのを感じるAnd all I ever needed was just a little smoke
必要だったのは、ほんの少しの煙だけMy Viceroy and me
僕とバイセロイだけでよかったんだOh no, it kills me
わかってる、君は僕を殺すってI don’t know what to do
でもどうしたらいいかわからない
出典:Genius – Mac DeMarco “Ode to Viceroy”
4. 歌詞の考察
この楽曲は、まるで“タバコを吸うこと”という行為が、人間存在の中にある矛盾や脆さのメタファーであるかのように描かれている。主人公は、日々の混沌の中で一服の煙にすがる。そして、その煙こそが彼の精神を支えている一方で、確実に身体を蝕んでいる。
この自己破壊的な愛情関係は、依存症に限らず、人間が何かにすがらずにはいられない構造そのものを象徴しているようでもある。恋愛、アルコール、スマートフォン──現代の私たちが手放せないものの多くは、便利さや快楽と引き換えに、何かを静かに蝕んでいる。
デマルコはそのことを説教するわけでもなく、ただ淡々と、美しいメロディと共に描き出す。それがこの曲の魅力であり、逆説的な温かさの正体でもある。まるで「君が僕を壊していくけど、それでもいいんだよ」とささやくような声で、私たちに語りかけてくるのだ。
また、リフレインのたびに繰り返される「Ode to Viceroy」というフレーズは、タバコをただの商品から、“賛美されるべき存在”へと昇華する魔法のようでもある。それは滑稽でありながら、同時に非常にロマンティックでもある。
※歌詞引用元:Genius
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Chamber of Reflection by Mac DeMarco
孤独と内省をテーマにした名曲。シンセを基調としたサウンドとメランコリックな雰囲気が共通。 - For the Damaged Coda by Blonde Redhead
破壊的で美しい依存と、救いのなさが詩的に描かれるインディーの名曲。 - Cigarettes and Chocolate Milk by Rufus Wainwright
嗜好と後悔、依存と甘美さを同時に歌い上げた秀逸なバラード。 -
True Love Will Find You in the End by Daniel Johnston
脆く、不完全であるがゆえに心に残る、無垢なラブソング。 -
Bored in the USA by Father John Misty
現代人の虚無や飽和をシニカルに描いたポップ讃歌。アイロニーと優しさのバランスが絶妙。
6. 美しさと毒を同時に愛するということ
「Ode to Viceroy」は、音楽というメディアを通して“愛”の複雑さを描く、きわめて私的でありながら普遍性を持った作品である。美しいものが時に人を傷つけ、身体に悪いものが心を慰める。そうした逆説は、人生そのもののようでもある。
マック・デマルコはこの曲で、タバコを吸うという一見くだらない行為に、感情や記憶、孤独や渇望といった深い層を重ねてみせた。そしてそれを、ゆるく、柔らかく、でもどこかしんみりとしたトーンで語ることで、私たち自身の「手放せないもの」に思いを馳せさせる。
人はなぜ、毒を抱きしめるのか。なぜ“悪いとわかっていても”やめられないのか。
その答えは、この曲のゆらめくメロディの中に、煙のように漂っているのかもしれない。
コメント