1. 歌詞の概要
「Oblivion」は、カナダのインディーロック・バンド、Wintersleepが2007年にリリースしたアルバム『Welcome to the Night Sky』に収録された楽曲であり、彼らの名を広く知らしめた代表曲のひとつである。タイトルの「Oblivion（忘却）」が示すように、この曲は記憶と無意識、意識の境界線をさまようような詩的世界を構築している。
歌詞の中には具体的な物語や登場人物が明示されるわけではなく、むしろ抽象的で反復的なフレーズによって、リスナーの内面に揺らぎをもたらす。メンタルの崩壊、夢と現実の曖昧さ、世界からの切り離され感――それらが緩やかに、しかし確実に迫ってくる。
その音楽性は、疾走感のあるビートとダークで重たいギターリフが特徴であり、内省的な歌詞とコントラストをなす。楽曲の構造はポストロックやオルタナティブの要素を内包しており、激情と静謐を行き来するようなダイナミズムに富んでいる。
2. 歌詞のバックグラウンド
Wintersleepがこの「Oblivion」を発表した2007年という時期は、彼らにとって音楽的転換点の真っ只中にあった。それまでよりも洗練されたプロダクションと強いメッセージ性を備えた楽曲群を収録した『Welcome to the Night Sky』は、カナダ国内外で高く評価され、後のJuno Awards受賞にもつながる原動力となった。
「Oblivion」はその中でもリード的存在として注目され、バンドがTV出演やフェスティバルに出演する際には必ずと言っていいほどセットリストに組み込まれる楽曲となった。特にこの曲におけるボーカルのポール・マーフィーの歌いまわしは、感情と理性の中間に位置するような独特のバランスを保っており、楽曲の世界観と深く結びついている。
また、当時のインディーシーンにおいて“記憶喪失”や“存在の希薄さ”といった主題はしばしば用いられていたが、Wintersleepはそれらを情緒的なエスケープとしてではなく、“崩壊の予兆”として扱っていた点で異彩を放っていた。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、印象的な一節を抜粋して和訳する（引用元：Genius Lyrics）：
People keep repeating
That you’ll never fall in love
「人々は繰り返す
お前は決して恋に落ちないだろうって」
When everybody keeps retreating
But you can’t seem to get enough
「みんなが後退していくときでさえ
お前だけはまだ足りないみたいだ」
Let me live in oblivion
「忘却の中で生きさせてくれ」
この“oblivion（忘却）”という単語の使われ方が極めて象徴的である。ここでは単なる「忘れる」という意味ではなく、すべてを拒絶し、意識そのものから逃避するような深淵が感じられる。
4. 歌詞の考察
「Oblivion」は、自分が何者であるかを見失っていく過程、あるいは自らすすんでその感覚を失おうとするような危うさを描いている。冒頭のフレーズにあるように、主人公は“恋に落ちない”と言われるほどに他者との関係性が築けず、それでもなお何かを渇望している。
また、“Let me live in oblivion”というフレーズは、忘却の中で生きることへの願望、つまり現実から目を背けることでしか安らぎを得られないという破綻寸前の心理を描いている。ここでの“生”は決してポジティブなものではなく、どこか“死”にも似た静けさを求めているようにも感じられる。
このようなテーマに対して、楽曲の音像は逆説的にエネルギッシュでノイジーだ。そのコントラストが、「表面では力強く振る舞っているが、内面は崩れていく寸前」といった人間の多層的な精神状態をよく表現している。
忘却とは一種の自由でもあり、絶望でもある。Wintersleepは「Oblivion」という言葉の持つ両義性を活かしながら、現代における存在不安を鋭く炙り出しているのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Fake Empire by The National
幻想と現実の狭間で揺れるような美しいメロディと、政治的メタファーに満ちた歌詞が共鳴する。 - New Slang by The Shins
過去の感情や思い出との向き合い方を描いたインディーロックの名曲。静けさと混沌の間を揺れる構成が共通点。 - Knives Out by Radiohead
内なる不安と、それをどう制御するかに焦点を当てた不穏な雰囲気を持つ一曲。Wintersleepと同様、歌詞の解釈に幅がある。 - Young Liars by TV on the Radio
現実逃避と記憶の断片をめぐる詩的な世界観が魅力。ビートと空間性のあるプロダクションが「Oblivion」と呼応する。 - Disintegration by The Cure
精神的な断絶と愛の崩壊を壮大なスケールで描いた名作。“崩れゆく感情”という点で本作と通底する。
6. インディーロックにおける“Oblivion”という概念
「Oblivion」という言葉は、多くのロック・ポップソングの中で“逃避”“救済”“破壊”“癒し”といった異なる意味を担ってきた。Wintersleepのこの楽曲では、それが“意識の遮断”として描かれている。
つまり、「Oblivion」は何かを忘れることではなく、“意識することをやめる”ことなのである。社会のノイズから、自分の声から、愛や痛みから。そしてそれはただの沈黙ではなく、能動的な“断絶”だ。
Wintersleepは、そうした状態に至る感情の螺旋を、サウンドと詞の両面で丁寧に描き出した。無音ではなく、轟音の中で忘却を願う――それが「Oblivion」の真の核心なのである。
「Oblivion」は、現代を生きる人々が抱える“内なる空白”に向けた、静かな問いかけであり叫びである。その叫びは、轟音とともに聴く者の胸の奥で静かに反響し続けるだろう。
コメント