発売日: 1970年2月
ジャンル: ヴォーカル・ポップ、バロック・ポップ、シンガーソングライター
才能が才能を讃える時——Harry Nilssonという声が、Randy Newmanという言葉を歌う奇跡
『Nilsson Sings Newman』は、Harry Nilssonが1970年に発表したスタジオ・アルバムであり、
全曲Randy Newman作の楽曲のみで構成された、異例にして極めて芸術性の高いコラボレーション作品である。
当時、Randy Newmanはまだシンガーとしての評価は低く、ソングライターとしても一部のマニアに知られる程度。
そんな中でNilssonは彼の才能にいち早く目をつけ、“この言葉を歌うべき声は自分しかいない”と確信して生まれたのが本作である。
そして結果として、それは“シンガーの最高の仕事”と“作家の才能の発掘”という二重の達成を同時に成し遂げることとなった。
アルバム全体を通して、Harryのヴォーカルはほとんどの楽曲で数十にも及ぶ自分自身の声を多重録音し、まるでアンサンブルのような“ハリーだけの合唱団”を生み出している。
ピアノはすべてRandy Newman本人が担当し、他の楽器やバンド編成は極限まで削ぎ落とされている。
これは“声”と“言葉”だけで成立する、ミニマルで純粋な芸術作品なのだ。
全曲レビュー
1. Vine Street
曲の前半は別のソングライター（Andy Wickham）の短い導入部で始まり、そこからNewmanのナンバーへ滑らかに移行する構成。
“音楽業界で生きるということ”の孤独と希望を描いた叙情詩であり、メロディの中にまるで短編映画を見るような物語性が流れている。
2. Love Story
“彼女と結婚して、子供ができて、死ぬんだ”という淡々とした語り口の中に、人生の虚しさと皮肉が溶け込む名曲。
Nilssonの柔らかく皮肉を帯びたボーカルが、甘さと冷たさの間で絶妙に揺れる。
3. Yellow Man
アジア人を描いたナンバーだが、表面的な風刺ではなく、人間の均質化と異文化理解の限界を示す深い寓話。
囁くような声が、まるでドキュメンタリーのナレーションのように響く。
4. Caroline
失われた恋人を思い出す、非常にシンプルで繊細なバラード。
メロディも語り口も抑制されており、逆に言葉の一つひとつが強く刺さる。
5. Cowboy
ニューウェストの風景と男の孤独を描いたNewmanらしいキャラクター・ソング。
Nilssonのヴォーカルは、無骨さよりも哀愁を纏った風景描写のように響く。
6. The Beehive State
唯一ややアップテンポな楽曲で、ニューアメリカの地理と権力構造を諧謔的に描いたナンバー。
複数のハーモニーと拍の遊びが、Nilssonのヴォーカル職人芸を最大限に活かしている。
7. I’ll Be Home
このアルバム随一の美しさと抑制が共存するバラード。
“きっと帰るから”というシンプルなフレーズが、愛の約束ではなく、絶望と希望の間に浮かぶ祈りのように聴こえる。
8. Living Without You
ピアノとヴォーカルだけで成立する、完全な密室劇。
喪失感の深さを、Nilssonはあえて“感情過多”ではなく、静かに泣いているような声で表現する。
9. Dayton, Ohio – 1903
19世紀末の町を描く、穏やかでノスタルジックな歌。
これほど柔らかく、優しいNewmanの歌をNilssonが選んだという事実に、彼の“人間への信頼”が感じられる。
10. So Long Dad
「パパ、さよなら」という短いセンテンスの反復が、世代間の断絶と皮肉を生む。
この終曲にふさわしい、温かさと痛みの同居がある。
総評
『Nilsson Sings Newman』は、Harry Nilssonというヴォーカリストが到達した“声という楽器の極致”であり、
同時にRandy Newmanというシンガーソングライターの言葉の力を誰よりも早く、深く、正確に掬い上げたアルバムである。
派手な編曲も、豪華なバンドもない。だがそれゆえに、声が語る物語の温度と質感が、リスナーの耳に直接触れてくる。
この作品は、“歌う”とは何か、“伝える”とはどういうことかを根源から問い直す、
静かなる革命的作品なのだ。
おすすめアルバム
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Randy Newman – Sail Away
本人による歌とアレンジが堪能できる代表作。『Nilsson Sings Newman』の源泉ともいえる。 -
Judee Sill – Judee Sill
神話と個人史を優雅な旋律に織り込む、精神性の高いバロック・ポップ。 -
Scott Walker – Scott 4
文学的で内省的な歌唱と構成がNilsson的でもあり、同時代の孤高の表現。 -
Paul McCartney – McCartney（1970）
素朴な宅録的アプローチによる、音の親密さという点で響き合う。 -
Sufjan Stevens – Carrie & Lowell
ミニマルな構成と深い内面性が交差する、現代の“語りと歌”の極北。
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